騎士
魔族の大規模侵攻によって魔族領と人類領の境界にある砦が落とされようとしている、至急応援に向かい魔族を撃退すべし。という命に応じて戦場へ直行した勇者一行だったが、現状は最悪としか言いようがなかった。
勇者はギリギリの所で戦争に間に合った。が、その力で戦況を覆すことは出来なかったのだ。
魔族も勇者が来ることを予想してか、戦場を埋め尽くさんばかりに知性を持たぬ魔物や
対する勇者パーティーがいかに強大な力を持っていようと、その人数はたったの六。雑用係の七番目を含めても少なすぎた。勇者が居る場所で圧勝してもその他で負けていれば勝てるはずもなく、勇者一行が死兵の逐次投入による足止めをされている間に砦が陥落してしまったのだ。
黄金の鎧に包まれた騎士は、炎上し黒煙を盛大に噴き出している砦を見ながら人類の敗北を理解した。
既に人の姿は戦場にはない。事前の打ち合わせで万が一にも砦が落ちた時は、速やかに撤退した後本拠地に籠り防備を整える予定であった。
残っているのは殿軍を引き受けた勇者達のみ。押し付けられたと七番目は言うが、どうであれ成すべきことは変わらない。
「撤退! てったーい! 逃げよう! な! もう十分任務は果たしただろう?! これ以上はジリ貧だって!」
騎士の後ろで七番目が喚く。この戦場で最も安全な場所、騎士の背中に張り付いていたが、人が居なくなったのを見て我慢するのを辞めたのだろう。
しかし応える者はおらず、戦闘の音だけが無常に響いた。
人類の敗北。それは人類に割いていた戦力が全て勇者一行に注がれることを意味していた。最初から四方八方を魔族の軍勢に囲まれてはいたものの、砦陥落後からその数は爆発的に増え、敵は数の暴力でこちらを押し潰さんとしてくる。
この状態で無理に撤退しようものなら隙を突かれる危険性があり、上策とはいえない。私一人なら何も問題ないのだが、と騎士は自身の背後を確認した。
後ろでは七番目が必至で逃走経路を探す中、魔法使いが大量の魔法を放ち騎士の手が届かぬ範囲をカバーしていた。
というより、魔法使いはそれ以外できなかったのだ。先に他の四人が好き勝手に動いたため、彼女は大規模な魔法を行使する余裕が確保できず騎士の援護に甘んじるしかなかった。その顔は苛立ちで歪んでおり、爆発間近なことを物語っている。
本来なら僧侶が奇跡によって騎士と共に守護するのだが相手は魔族。僧侶が最も嫌悪する邪神を信仰する異教徒だ。
魔族殺すべし。だが異教徒どもの命で神を汚すわけにはいかない、と獲物を聖書から双剣に変えて魔族を追い回し、刃に血を滴らせていた。
騎士として止めるべきか、とも思うが僧侶の信仰の深さは筋金入りである。異教徒判定に巻き込まれれば厄介なので見て視ぬ振りをする。
戦士と武闘家はというと、囲まれたなら前方をぶち破ればいいと戦場を縦横無尽に駆け回っている。止まれば死ぬが止まらないので問題はない。あのまま放置でいいだろう。
錬金術師は不明。一つ目巨人の目玉が欲しい、とマントを翻して消えてしまった。珍しい素材があるといつもこうだ。勇者の義務よりも欲望を優先し過ぎる傾向がある。もう少し勇者としての自覚をもって、人目がある間だけでも我慢してもらいたいのだが。
そう、私みたいに。
騎士の鎧は特別製である。人類の持ちうる技術の粋と特別な素材を惜しまず用いて作られた
魔王であろうと破壊するのは困難を極めるだろう。加えて騎士の天性の才由来の技術によって生半可な攻撃は受け流されるため、物理攻撃で騎士を殺害することはほぼ不可能である。
それゆえに彼女は最硬の守護神として、一国の姫に生まれたにも関わらず勇者パーティーの盾として騎士に任命された。
異常な実力に加えて、性格に多大な問題があったのも理由ではあったが。
「ひぃっ!」
わざと後ろへ受け流した攻撃を七番目が避けたのを見て、騎士は微笑んだ。
やはり死なない。ならば私も必要以上に守らず好きに動いて良いという言い訳を手に入れて。
人目が無い今、彼女もまた我慢するのを辞めた。
「みなさ~~~~ん! 人も居なくなって良い頃合いですし、そろそろ
騎士の呼びかけに五つの歓声が上がる。七番目だけが絶望の表情で騎士を見つめていたが、即座に魔物の方へ向かって逃げ出した。
本能であった。最も安全であった場所がこの瞬間、死地へ変更になったのを肌で感じ取っていた。
「ああ! どこへ行きますの?! そちらは危険ですわよ!!」
躊躇なく放たれた騎士の一撃を転びながらも七番目は避け、眼前の魔物が消し飛ぶ。逃げる七番目を心配して騎士が追いかけ、周囲の軍勢ごと殺そうと会心の一撃を放ち続けるのを、七番目は神業的回避を連発することで紙一重で生き延びた。
「待ちなさい! 私が守ってあげますから!! なぜ私から離れようとするんですの??!!」
死なないからって全力で殺そうとするからだよ! と言う言葉を七番目は飲み込んだ。言葉を吐く隙が致命的な死に繋がるからだ。
周囲は地獄になろうとしていた。
僅かながらでも勇者としての自覚を六人は持っていた。その枷を外せばとうなるか? 化け物を制御せず暴れさせたらどうなるのか、その答えが現実となって魔族とその軍勢を襲っていた。
元より暴れていた戦士、武闘家、僧侶に騎士が加わったことで暴虐の嵐が戦場を吹き荒れ、魔法使いが禁術指定された魔法で呪いをバラまきながら周辺を滅殺し、錬金術師が積み重なった死体を利用して錬成した怪物が崩壊する体を補おうと手当たり次第に食い散らかしていく。
人類の敗北は勇者の負けではない。
魔族はこの日歴史的敗北を勇者一行によって喫し、人類との間に一時的な不可侵条約を結ぶことになる。
勇者パーティーはその力によって人類の敗北を帳消しにし、偉業を勝ち取ったとして持て囃されるのだが、その詳細は目撃者がおらず勇者達も語ろうとしないため、誰も知らない。
七番目が告げ口をして騎士が王に怒られた、という噂が流れたがあり得ない話だとして直ぐに人々の話題からは消え去った。
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