僧侶

「なぁにこれぇえ!! うぉろろろろろろろろ!!」


 絶叫が響き渡る。


 殺されたドラゴンの怨念が呪いとなって勇者一行へ降り注ごうとするが、勇者を守護する様々な力によって軌道を捻じ曲げられ、ただ一人へと向かっていく。


 呪いを引き寄せた男は、しかし呪いを防ぐことが出来ず全て受け止めて嘔吐した。必死に助けを求めているが、パーティの中で彼を気にしているのは僧侶を除けば一人もいない。

 皆、先ほど倒したドラゴンの死体に夢中で七番目が死にかけているなど気づいていないのだろう。それとも気づいて無視しているのか。七番目がドラゴンの呪いで死ぬとは思っていないのか。


 どうあれ私には関係ない、と僧侶は考える。

 私は偉大なる神の忠実な下部として、与えられた役割を果たすのみだ。


 勇者パーティーの僧侶。最も強く正しく清い神官に与えらえる、光栄な役目。

 勇者として世界を巡回し、神に仇をなす敵を討ち、救いを求める信徒に救済を与え、異教徒ども存在する価値すらない屑どもを一人残らず滅する。


 その役目を果たすために、仲間を、共に旅する勇者一行を守り癒す必要があるならそうするまで。

 信仰心の薄い不埒者どもに神の恩寵たる奇跡を行使するのは業腹だが、全ての苦難は神の試練である。神への信仰を胸にただ耐えるのみだ。


「はやく…… 回復…… お願い……」


 地面に倒れ伏し、息も絶え絶えで今にも死にそうな七番目。

 とはいえドラゴンの呪いだ、常人ならば即死しているはずなのに、僅かな時間とはいえ未だ健在であるのは驚異的であるといえよう。

 戦闘要員ではない、運を担当する人身御供勇者とはいえ勇者パーティに選ばれるだけのことはある。


 本人は決してそのことを認めないので面倒なのだが。


 俺は勇者パーティの雑用係だ、運にも選ばれた一般人枠でしかない、向いてないから他の人を選んでくれ、足手まといだから追放してくれない?


 などと七番目は言うが、勇者とは王やその側近たちの命により優秀な者たちが人類の中から選び抜いた者なのだ。代わりなどそうそういやしない。

 ゆえに人類の代表としての自覚を七番目には早く持ってほしいと常々伝えてはいるが、未だ理解してもらえない。


「もう少し我慢したまえ、神への信仰を強く持ち、神への祈りを続ければきっと耐えられるだろう」

「もう無理…… げ……んか、……い…… し、ぬ」


 死んでも君なら蘇るだろう、と言えばもはや返答する力すらないのか弱弱しく首を振って七番目が否定する。

 

 人は死ねば神の国へと導かれる。だが神から与えられた使命を持つ者、まだ死すべきでない運命の人間は奇跡によって蘇生できるのだ。それ以外は例外なく死ぬが、勇者である七番目ならば蘇れるはずなのだが。

 

 七番目は認めようとしない。なぜなら死んだことがないから。

 彼は今まで一度も。

 ゆえに死ねばそれまでという考えに未だに囚われているのだ。


 自身の異常性には一切疑問を抱かずに。


 ……このままドラゴンの呪いで死亡したのを蘇生すれば、少しは認めるだろうか?

 邪な考えが頭を過るが、直ぐに打ち切る。

 ドラゴンの死体の取り分を巡って仲間が喧嘩を始めていた。放置すれば偉大な神の恩寵を下らないことで使わされてしまう。早く仲裁しなければならない。


 既にほどんど動かなくなった七番目へ奇跡を行使し、解呪していく。

 所詮は神の偉大さに気づかぬ愚かなドラゴンの呪いだ、神の力に敵う訳もなく浄化されいった。


 解呪が終れば僧侶の仕事は終わりだ。気絶した七番目を放置して勇者一行残り五人の元へ向かう。


 その後。僧侶は仲間の喧嘩を止めることができず、ドラゴン以上の被害をもたらした大乱闘が起こった。その後始末を含めれば夜までかかった頃になってようやく七番目が復活する。

 起きて早々「酷い目にあった」と七番目が愚痴るが、今日一番の苦労人は誰かと言えば間違いなく僧侶だったろう。

 

 しかし僧侶は口を噤み、今日の苦難を与え給うた神へ感謝し、無事乗り越えられたことへ安堵し、日課の祈りを捧げるのみだった。


 勇者の大喧嘩という不幸へ巻き込まれなかった七番目の幸運を指摘する無粋はしなかった。

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