不可思議不幸七不思議

牧瀬実那

或る日、新聞部部室にて

 皆さんは「7」という数字を聞いたとき、何を思い浮かべるだろうか。

 春の七草、秋の七草、777スリーセブン、北斗七星、七五三、七福神、七賢人、七観音……

 大体は縁起の良い、キリの良いモノを連想するのではないだろうか。

 実際7はひと桁では最大の素数であり、「割り切れない」ことから祝い物にもよく使われる数字だ(※独自調査)。


 一方、良くないモノやイメージにも7という数字は登場する。

 キリスト教の七つの大罪、儒教の七去はもちろん、七転八倒七転八起。

 七五三の七は七つを迎えるまで子供は死にやすいところから来ている……など。

 何かと使いやすい数字、それが「7」という数字というわけだ。

 

 そして! 我々学生にとって最も身近な7といえば? そう、七不思議!

 古くは諏訪大社七不思議に始まり、いくつもの作品の元ネタにもなった本所深川七不思議、そして学校の七不思議はどこの学校でも語られる定番中のド定番!

 当然、我が校にも七不思議が存在する!

 今回はそれら七不思議を調査しようじゃないか諸君!


「はぁ……」

 新聞部部長・篠崎史規しのざきふみのりの熱弁を浴びた面々のうち、真っ先に声を上げたのは林匠はやしたくみだった。

 声を上げたというより、呆れとドン引きで思わず声が出てしまったというのが正しく、現にチベットスナギツネよろしく胡散臭いと面倒臭いが顔中に現れている。

 放課後の部活動時間。

 帰宅部の匠が呼び出されたと思ったら話がこれでは至極まっとうな反応であり。


「帰っていいか?」

 

 当然帰ろうとした。問いかけではなく宣言なので、既に荷物をまとめて立ち上がっている。

「いやいやいや! 何故帰る林!」

 史規が慌てて止めようとすると、匠は更にチベットスナギツネ顔を深める。

「くだらないし俺には関係ないから」

 淡々と述べる匠に史規は心底信じられないという顔と声でまくし立てる。

「下らないだと!? 七不思議だぞ!? 誰しも一度は聞く身近な浪漫だろ! ワクワクするだろ!?」

「主語がでかい。俺はしない」

 史規の主張をばっさりと切り捨てて部室を後にしようとする匠を、今度は別の声が引き止めた。


「まあまあ、林。聞くだけ聞いていってよ」


 声の主は一紫にのまえゆかり。ゆるやかなウェーブのかかったベリーショートヘアが似合う凛とした彼女は、匠のクラスメイトだ。

 元はと言えば、匠は「放課後ちょっと付き合ってほしい用事がある」と彼女に声をかけられたので新聞部に来たのだ。

 一年生の頃から同じクラスということしか接点が無い紫に呼ばれるのが珍しかったし、背が高くてプロポーションも良い彼女の誘いに対して期待と下心が無かったかと言えば嘘になる。

 結果として二人きりではなかったし、そういう雰囲気とは真逆だったわけだけれど、まだ彼女の用件は終わってない。

 なのに帰るのも不誠実なような気がして、匠はやれやれと座り直す。


「というか、ニノマエがこういうコトに首を突っ込むのも意外だな」

「そう?」

「警察一家らしく正義感が強くて至極真面目な空手部部長。現実主義でオカルトとか非現実的な話はバッサリってのが、俺から見たニノマエの印象」

「半分くらい偏見と先入観だと思うけど、まあそうだね。私も普段はこういうことに興味ない」

「やっぱり」

 興味ないと言われてショックを受けている史規を尻目に、匠は納得したと頷く。

「ただ、その七不思議が結構うちの部でも流行っちゃってさ。中には怖がって部活を休んじゃう子も出てきたからこれは良くないなって思って」

「なるほど。俺に声をかけたのは?」

「んー、変にこういう話に乗ってこないで冷静そうだから。あと、帰宅部だからそれなりに暇かなって」

「そっちも結構偏見入ってないか? 実際暇だったからいいけど」

「あはは……ごめんごめん。そこはお互い様ってことでひとつ」

 ばつが悪そうに笑う紫に、案外こういうとこもあるんだなぁと思いつつ、そうだなと適当に相槌を打った。

 それからまだショックで放心している史規に声をかける。

「それで? どんな七不思議があるんだ?」

「……ハッ! ボクとしたことが!」

 いちいち反応がうるさいなコイツ……という顔をする匠をよそに、史規はガラガラとホワイトボードを引っ張り出してくる。

「我が校で最近噂になっている七不思議……その名も即ち『不幸の七不思議』!」

「やっぱ俺帰っていい?」

 もう一度立ち上がった匠に史規が何故!と叫ぶ。

「安直すぎだろ名前が。興味出ないわ。せめてもうちょっと不思議っぽいタイトルにしろ」

「そう言われても生徒の間で広がってるのはこの名前だからな。ボクとしては『恐怖の暗黒裏七不思議』などの方がかっこいいと思っている」

「表が無いのに裏も何も無いし、お前の案の方がよりアホっぽい」

 淡々と切り捨てられ、またしてもショックで放心状態になる史規へ気の毒そうな顔をしつつ、続きを紫が拾う。

「林の言う通りなんだ。名前も安直だし、内容も『体育館から出るときは左足から出ないと不幸な目に遭う』とか『理科準備室の標本と目が遭ったら夢に出る』とか、不思議とは言えないほどお粗末なんだけど、さっき言った通り気にする子は気にしてる」

「うーん、噂だけで? それとも具体的に実害が出てるモノがあるとか?」

「後者。そのせいで他のも本当じゃないかって信じちゃってる」

 確かにそれならいくら言葉で気のせいだと言っても相手が納得しないだろう。

 頷く匠に、紫は心底困ったとため息をついた。

「実害が出てる七不思議はどんな内容なんだ?」

「それは私よりの方が詳しいかな」

「すずめ?」

 小鳥の雀だろうか、と首を傾げていると「はいっ」と勢いの良い女子の声がした。

 声の方を見ると、おさげ髪で小柄な女子生徒がぴょんぴょんと擬音が付きそうな感じで立っていた。

 うお、と、これまで彼女の存在に気付いてなかった匠が驚きの声を上げる。

「もうひとり居たのか……」

「はい! 最初から居ました!」

「マジか……なんかごめん……」

 史規や紫に比べて地味めなので、気付くことができなかったのだろう。謝る匠に女子生徒は首を振った。

「いえいえっお気になさらず!」

 茶畑すずめと名乗る女子生徒は、匠とは別のクラスで園芸部に所属しているのだという。

「じゃあ園芸部で何か起きてるってことか?」

「そうなんです……実は、ここ三日間、園芸部が管理する温室に結構な数の鶏の頭が置かれてるんです」

「急に物騒度が上がったな」

「しかも見つけた部員はもれなく体調不良で翌日休んでしまって……」

「それは気の毒に……」

 連日そんなことが起きれば、生徒の心が不安定になるのも無理はない。

 ただでさえ園芸部の部員は少ないのにこのままだと人が寄り付かなくなってしまう、としょんぼりするすずめを紫がよしよしと慰めている。

 見るヤツが見たら興奮しそうな光景だな、と、無意識に浮かび上がってきた下世話な感想を追い出しつつ、匠は話を続けた。

「温室は誰でも入れるのか?」

「いいえ、鍵がないと入れないです」

「いつも部員全員が温室に入ってる?」

「いいえ、温室の管理は当番制なので、当番だけが入ってます」

「ってコトは部員の誰かの仕業ではない、か……どこかに入り込める穴が開いてるとかも無いんだよな?」

「はい。わたしも確認しましたが特には……鍵も壊されてないですし、顧問の蔵内先生に相談して見回りを強化してもらったりしたんですけど、意味が無かったです」

 だから今日の部活動は中止になりました、とすずめはすっかり意気消沈した様子で語る。

「ふむ……」

「実に不思議だろう?」

「篠崎はちょっと黙ってろ」

 嬉々として割り込んでくる史規を牽制すると、匠は紫に視線を向ける。

「聞く限り被害は園芸部だけっぽいけど、空手部まで話が届いてるのか?」

「うん。空手部だけじゃなくて他の部にも結構広がってる」

「園芸部側はもちろん広めてないんだよな?」

「はい! 気味は悪いし犯人捜しはしていますが、それ以上のことを広めても意味が無いですから」

「そうだよな」

 ひとつひとつ確かめながら要点を書き留め、まとめていく。

 それらを眺めているうちに、引っかかることがあった。

「人はだいたいウワサ好きだから広まるのは当然として……広まる速度がかなり早いな」

「早い?」

 首を傾げる紫とすずめに対して、匠が頷きながら説明を続ける。

「ああ。連続して鶏の頭が置かれるのは気味が悪いが、まだ三回だろ? 事件か偶然かはわからないけど、七不思議として語られるには期間が短すぎる」

「確かに……」

「そうですね……」

 まるで誰かが無理やり結び付けたような、と誰からともなくこぼれる。

「なあ、篠崎。七不思議の中にもしかして『この七不思議を広めないと不幸になる』みたいなヤツがあるんじゃないか? 不幸の手紙みたいに」

「! あるぞ! それぞまさに『不幸の七不思議』の七番目にしてこの名前が付いた所以だ!」

 話を振られて急速に元気を取り戻した史規が意気揚々と語るのとは反対に、紫がハッとする。

「ってことは、七不思議……というか温室のことを広げるのが目的?」

「多分」

 頷きあう匠と紫に対して、すずめが問う。

「でも、何のために?」

「温室から遠ざけるため、だろうな」

「なにかはわからないけど、見つかりたくないものがあるんじゃないかな」

「そんな……」

 戸惑うすずめとは対照的に、史規はより目を輝かせる。

「事件の臭いがするな! 楽しくなってきたぞ!」

「なんだよ。さっきまで七不思議は浪漫とか言ってたのはどうした」

「フッ愚問だな。記事が盛り上がる方が良いに決まっているだろう!」

「あっそ……」

 どうしようもないなコイツ……とチベットスナギツネ顔になった匠はそのまま史規を放置すると紫の方を向く。

「で、どうする? 事態を解決するなら早い方が良いだろ」

「そうだね……できたら今夜。一応立ち会ってほしいけど、どう?」

「まあ話を聞いたしな。役に立つかはわからないけど、それでいいなら」

「ん、大丈夫」

 どんどんと話を進めるふたりについていけないすずめがオロオロしながら尋ねる。

「えっ、先生に報告するんじゃダメなんですか?」

「んー多分意味無いかな。だって――」



 その日の夜九時。

 生徒たちはもちろん、職員も帰ったのだろう。校内はもちろん、敷地一帯が暗闇に包まれていた。

 その中で、ひとつの影が動いている。

 影は温室に近付き、手慣れた様子でがちゃりと鍵を開けると中に滑り込むと、スコップを片手に温室の一角に向かう。

 土を掘り返し、中から何か取り出したところで

「はい、現場取り押さえ、っと」

 パッと温室が明るくなると同時に、匠たちが入り口に現れた。

 突然の光と匠たちに、影になっていた人物が酷く動揺する。それはすずめも同じだった。

「まさか、本当に蔵内先生が来るなんて……」

 戸惑いながらそう言うと、人物――園芸部顧問の蔵内は立ち上がった。

「そりゃ、顧問だからな。温室の見回りに来るのは当然だろ。お前達こそこんな時間に何をしてるんだ?」

 未成年がこんな時間に出歩くの危ないだろ、とそのまま説教しようとする蔵内を、匠がやんわりと遮った。

「ご心配ごもっともッス。俺らもあんまり夜の学校とか来たくなかったんッスけど、早い方がいいだろうなぁって思って」

 保護者にも来てもらってます、と後ろを振り向くと、ぬっと大柄な男性が現れる。

「どうも蔵内先生。一紫の父、一徹にのまえとおるです」

「あ、ああ、これはどうも……」

 予想外だったのだろう。虚を突かれた顔で蔵内が紫の父と挨拶を交わす。反対に徹はにっこりと笑って頭をかいた。

「いやなに、娘に頼まれましてねぇ。普段なら止めるところなんですが、ちょっと気になることを耳にしたもんで」

「と、申しますと……?」

「先生がここでどぶろくを造っている、と」

「!」

「実は私、今日は非番ですが駐在所に務めておりまして。そちらの手に持っているもの、確認させてもらってもいいですか?」

 言いながら警察手帳を見せる徹に、蔵内が力なく座り込むのを高校生たちは目を丸くして見守っていた。


 それからはあっという間で。蔵内は素直にどぶろく造りを認めた。

 生徒にそれがバレそうになった為、鶏の頭を置いて気味悪がらせていたのだという。

 一応直接の被害がなかったのと、鶏の頭が犬用の餌として販売されているものだとわかったので、厳重注意でコトは収まった。

「でも、どうして林さんは蔵内先生が隠れてどぶろくを造ってるってわかったんですか?」

 徹に後を任せて帰る道すがら、すずめが尋ねたので、大体が推測というか想像レベルなんだけど、と前置きしてから匠が説明する。

「鶏の頭は確かにビビるけど、それだけでみんながみんな翌日休むほど具合が悪くなるってことはないだろうから原因は別にあるんじゃないかってとこからだな。日頃から出入りする園芸部が慣れてないもので、見つかったら面倒なものと言えば酒類くらいだろ。大体の生徒はアルコールに慣れてないだろうし、揮発したものを吸い込めば具合も悪くなる。温室だから、あんまり空気が外に流れないで充満してただろうし」

 そうかなぁ?と首を傾げるすずめに、だから想像だって言ったじゃん、と匠は続ける。

「犯人が蔵内だって思ったのは、茶畑さんが見回りを頼んでも変わらなかったから。原因に相談しても解決しないのは当然っちゃ当然。でしょ?」

「あ、なるほど。そっちはわかります」

 うんうんと頷くすずめから、匠は紫に視線を移す。

「ニノマエもそう思ったから父親に頼んだんだろ」

「うん。他の先生が関わってるかわからなかったし」

 結果として蔵内先生の単独犯だったけど、と苦笑する紫に、でもとすずめが顔を輝かせた。

「ふたりともそこまでわかるの、すごいです! まるでミステリーみたい!」

「そうそう、これを記事にしたらきっと話題になるぞ~!」

 調子に乗って宣言する史規に、匠と紫は顔を見合わせるとやれやれと同時にため息をついた。

「まさか。こんな当てずっぽう、ミステリーに失礼だろ」

「それと篠崎。さっきこの件は内密にするって、父さんと一緒に話したよね?」

「ぐぬ……なら新聞はどうすればっ」

「知らん。別のネタを探せ」

「多少は協力してもいいけど、ねぇ」

 冷たくあしらう匠とうーんと悩む紫に、いいこと思いついた!とすずめが名乗りを上げる。

「あ、そうだ! 園芸部の紹介とかどうかな? 事件解決したしイメージ変えて部員集めたいし!」

「それだ~! すずめナイスっ」

「だ、そうだ篠崎」

「だいぶ地味だが……背に腹と締め切りは変えられん!」

「やった~!」

 そのまま雑談へ移行し、高校生たちの笑い声は夜風に溶けていくのだった。

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