「俺の未来」

        「俺の未来」

 

          

          ◯

 青三は再び現世に戻ってきた。もう死んでから十年程経過したらしい。意外と街の景色は変わらない。十年というのは思っているよりもずっと近いものなのかも知れない。

 今、青三は死んだ時と同じリクルートスーツを着ていた。スタートに戻ったかの様だ。

 

「青三さん、何の用があったんですか?」

 

一緒に現世へ飛ばされてきた魔城がのんびりとした口調で聞いてくる。青三は車道を挟んで反対側の小さな個人店を指差した。

 

 そこには『BLUE THREE』という洋菓子店があった。十年前にはなかった店だ。

 

「“ブルースリー”って、青三さん。あのお店まさか──」

 

「ああ」

 

青三は店を眺めて微笑んだ。あれは未来の店だ。ブルースリー青三だなんて、嬉しい事をしてくれるじゃないか。

 そうか、俺は今も一緒にいられているんだな。青三はそう思うと嬉しくてたまらなくなった。

 

 そして、ずっと考えていた事がある。それをついに決意した。

 

 ──その時、だった。


『BLUE THREE』からエプロン姿の女性が一人出てきた。店の外の看板に何やらチョークで文字を描いている。そこには──…

 

「あなたへ送る、新作チョコができました。ぜひ味見してみてください」

 

──と描かれた。


 青三は看板を見て、目を細めた。お客さんに向けてなのか、それとも俺に向けてのメッセージなのか。だが、とにかく俺には届いているぞ。青三は心の中でそう呟いた。

 

 

 ───。

 エプロン姿の女性はふと、振り向いてこちらを見た。そして、じっと視線を逸らさず見つめている。姿は見えないはずなのに、まるで本当に目が合っているかの様だ。

 

 青三と未来は、車道と十年という月日を挟み、やっと再会したのかもしれない。青三は言った。聞こえるわけがない。だが、どうでもいい。とにかく声に出して伝えておきたかった。

 

「すごいぞ、ミク。お前は夢を叶えた。良い店だと思う、もう立派なパティシエだ。

 これなら大丈夫だ、大丈夫なんだよ。いつでもその店の名がお前を守るから」

 

「ありがとう」

 

未来がそう、答えた気がした。そしてエプロン姿の未来は店内に戻って行ってしまった。

 

 青三は笑ってそれを見送った。

 

        

           ◯

 まだ店を眺めている青三に魔城は声をかけた。

 

「とっても素敵なお店ですね。

 さあ、青三さん。生き返りましょう。未来さんが待ってますよ」

 

魔城がそう言うと、しかし青三は答えなかった。

 

「青三さん?」

 

 そして青三は、未来と自分の夢『BLUE THREE』を眺めたまま静かに、力強く言うのだった。

 

「俺は、生き返らない」

 

「え、聞き間違いじゃないですよね、どうしてですか」

 

 ずっと生き返りたいと思っていた。あの時まで時間を巻き戻して「無かった事」に出来るなら今度は生きて彼女の側にいられる。そう思っていた。

 だが、同時に考えていたもう一つの事がある。

 

「未来にはもう、俺は必要ないだろ。彼女は立派にやってる」

 

「そんな事ないです、いいえ、分かんないけど…きっと未来さんは今も青三さんの事を…!」

 

「そうじゃない」

 

青三は魔城に向き直って笑った。それはとても爽やかな光を放っていた。

 

「俺のわがままで、彼女の努力した夢への『十年』という時間を…俺は無かった事にしたくないんだ」

 

時間を巻き戻して全てが無かった事になったなら、彼女のこの夢への十年間も「無かった事」になってしまう。せっかく叶ったじゃないか。そんなの駄目だ。青三には分かりきった事だった。

 

「俺は今も彼女の中で生きて守ってる。それが確認出来たから充分なんだよ」

 

青三は夢の店に再び視線を戻した。明るくて、綺麗で、幸せそうなお店だ。未来らしいと心からそう思った。

 

「彼女が俺の“未来”だ」

 

 

 覚悟を決めた青三の背中を眺め、魔城はため息をついた。全く、死ぬ思いをしたのに結局生き返らないなんて、本当に…この人らしい。

 

「分かりましたよ。私はあなたの選択に従うって言いましたから。文句は言いません。未来さんの『これから』を見守りましょう」

 

 魔城は青三の肩に手を置いた。

 

         

            

          ◯

 店内に戻ってきた未来はやたらと外を気にしていた。久美は「どうしたのよ」と聞いてみた。すると未来は少し寂しそうな顔で笑うのだった。

 

「あ、うん。セイちゃんがいたよ」

 

「え?」

 

未来の言う「セイちゃん」とは、十年前に事故で死んだ難波青三の事だろう。久美にも何となく分かった。優しく未来に声をかける。

 

「様子を見に来たって事はさ、この店も評判が上がってきたんじゃない? この調子で頑張ろうよ、天まで届かせる予定でしょ?」

 

 久美がそう言うと、未来は微笑んだ。

 

「そうだね、天まで届かせよう。このお店はセイちゃんへのプレゼントみたいなモノだから、届いたら嬉しいな」

 

「絶対届かせる、って気持ちじゃなきゃね。おし、午後も頑張ろう!」

 

 未来と久美は笑い合って、午後の開店準備を進めた。

 ────。

 

 未来は生涯、青三以外には誰とも関係を持たなかった。そして、パティシエとして誰かを笑顔にするという使命を全うした。

 

 二人のいる世界は違うが、心で繋がっていると分かっているから、孤独だと思った事はなかったのだ。

 

 たとえその命が終わろうとも、最後にはきっとまた会える。未来はそう思って日々を過ごした。

 

 

 

 

          ◯

 未来は気がつくと、花畑の中にいた。とても明るくて優しい光に包まれている。

 

 ここはどこだろう、確か昨日はベッドで眠ったはずだ。記憶が曖昧だった。だが、不思議と不安は無い。安心する。

 

「ミク、待ってたよ」

 

未来は声の方を向いた。

 そうか、やっと私は辿り着いたんだね。未来はずっと会いたかった人の名を呼んだ。

 

「セイちゃん、こんなところにいたんだ」

 

「おう。ずっと待ってたし、ずっと見てた。未来、頑張ったな」

 

 その言葉をもらえただけで、私はどれだけ救われるだろうか。きっと、本人には分からないだろうな。未来は涙を拭いて笑った。

 

「ありがとう、セイちゃんのおかげだよ」

 

「なに、良いってことよ」

 

 青三は未来の手をとって花畑の中を歩き出した。

 

「どこにいくの?」

 

「二人でずっと一緒にいられる場所だ。

 あ、でもその前に友達を紹介したいんだよ。ああ、話したい事がたくさんあるな」

 

「ふふ、良いよ。ゆっくり話して」

 

「おし、じゃあまず……。俺、実は何度か現世に戻ってたんだ。7つの試練に挑戦してて──…」


 不運を跳ね返し、幸運を手繰り寄せ、自らの意志と力で「未来」を勝ち取った男は静かに語り出す。

 それは、「不運」を乗り越える試練。全てクリアすれば願いが叶う。天国にも行けるし、生き返る事もできる。そんな地獄の遊びがあった。


──難波青三は、彼の“未来”を取り戻した。





KAC2023お題⑥『アンラッキー7』

──「死亡遊戯アンラッキー7」完

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死亡遊戯アンラッキー7 星野道雄 @star-lord

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