不運の試練・七『No.青③/白⑦』

  不運の試練・七『No.青③/白⑦』

 

          

          ◯

 俺は生まれた時は一人だった。

 母は俺を駅前のコインロッカーに捨てた。鳴き声に気づいた親切な誰かが通りかからなければ俺の人生はそこで終了するところだった。

 

 俺は孤児院に引き取られ、優しい院長先生や他の先生たちのおかげで何とか生きてこられた。だから俺は誓っていたんだ。

 

「誰かを助ける事に迷わない」

 

 これが俺の生きていく上での流儀だった。だって、救われて生きられた俺だ。そのお返しに俺が救わねばどうする? 受けた恩はキチンと返す。100倍返しだ。周りの人にだってお裾分け出来るほど俺の「生きる」と言う事への恩は強かった。

 

 幼い頃から何だって出来た。ちょっと教わるとすぐに覚えた。しかもとにかく楽しいのでずうっと打ち込んでしまう。

 

「あれ、俺また何かやっちゃいました?」

 

 俺がこう言うたびに、みんな俺に驚く。しかし特別な事はやっていないぞ。

 人助けと、善い人間である事に勤めただけだ。

 ──。


 そして、未来みくに出会った。

 最初はフワフワしてて意志の無い奴だと思っていた。だが、ある時「パティシエになりたい」と俺に言ってきた。

 それからは毎年俺にチョコの味見を頼んでくる仲になった。それ以外にも会話をする様になり、同窓会の帰り道に言われたのだ。

 

「好きです、私とお付き合いしてください」

 

 俺は、はっとした。感じた事のない気持ちだ。俺は──。


 救われたんだ。

 

 好きです、だって! なんて素敵な響きなんだろうか。俺は俺を救う事にした。そして彼女の事も。パティシエになり、自分の店を開くという夢を俺は守る。

 

 だが、俺はその道の半ばで死んだ。

 

 子供を守って死んだんだ。そこに後悔はない。だが「未練」ならある。彼女の夢を最後まで見届けてそれを祝ってやる事ができない。これは悲しい。

 

 だから俺は必ず生き返って、彼女の夢の道に復帰し再び共に歩いてみせる。それだけが願いだ。

 

 

          ◯

 これが七つ目。最後の「不運」になるはずだ。青三は目を覚ました。

 

 自分は椅子に座っている。足は椅子に鎖で縛られていて動けない。左手も同じだ。辛うじて何故か右手だけが拘束されず自由になっていた。

 

 そして見渡すと周りは鉄格子に囲まれていて…。どうやら「檻」に入れられている様だ。檻の中は明るいが、外は闇だけしかない。他には何も見えなかった。右隣には同じように別の檻に入れられた魔城がいた。全く同じ状況だ。右手以外拘束されている。

 

「ようやくお目覚めかセイゾウ。ようこそ、妾の『黄泉比良坂よもつひらさか』へ」

 

 闇の中からぼうっと女の顔が浮かび上がった。古風だが煌びやかな着物に身を包んだその女は、人骨でできた大きな椅子に寝そべってこちらを見ている。

 

「妾はイザナミ。妾に気に入られたのが貴様の『不運』ぞ。

 最後の試練は妾が仕切らせてもらう」

 

 イザナミが指を弾いて一回鳴らすと、青三と魔城の目の前に小さな円卓とその上に乗せられたスイッチが現れた。

 

 スイッチは二つあり、一つは青いスイッチ「3」と表示されている。もう一つは白いスイッチ「7」と表示されていた。

 

「難波だから『青③』、魔子だから『白⑦』だ。このスイッチは貴様らを表している」

 

「ここがどこだろうと、お前が誰だろうと、このスイッチが何だろうと。関係ない。さっさと始めよう、俺は生き返る」

 

青三が少し苛立ったように言うと、イザナミは満足そうに笑った。

 

「良い良い、血気盛んは結構なり。だが、遊戯の説明くらいはさせよ。なに、難しくはない。

 ──この二つのスイッチ、押された方が『消滅』する。そして、押されなかった方が『解放』され願いを叶える権利が得られる。単純であろう」


 説明を聞いて魔城は悪寒を感じた。

 イザナミの言う、『消滅』とはまさにだろう。

 

 本来ならば、死後に輪廻転生の流れに乗り地獄にいようといずれ必ず転生が果たされる。

 だが、『消滅』してしまったら存在そのものがこの宇宙から消え去り輪廻の流れにも乗れず、永久に転生は叶わない。本当に消えてしまうのだ。二度と生きる事は無い。

 

「そんな、横暴です! こんな事が許されるわけありません!」


魔城が悲鳴にも似た叫び声をあげると、イザナミはほくそ笑んだ。

 

「黙れ、妾が仕切ると言ったろうが。ここでは妾が世界であり秩序であり運命だ。この試練に対峙する事になった己の『不運』を恨むが良い」

 

 魔城はぐっと口をつぐんだ。たしかに「不運」だ。こんな理不尽な試練だなんて。

 

「消滅とは、何だ?」

 

青三は冷静に魔城に聞いた。すると魔城は悲壮感を漂わせ、声を落として『消滅』と『輪廻転生』の決まりについて説明した。

 その間、青三は黙って聞き、全て聞き終わると「そうか」とだけ呟いた。

 

「俺が白⑦のスイッチを押せば、俺が助かり魔城は消える。俺は生き返る。だが逆に青③のスイッチを押せば、俺は消滅して存在が消える。だが魔城は願いが叶う。

 ──なるほど、これは最低だな」


「それらスイッチは互いに同じモノが用意してあるぞ。つまり互いに運命を握っておるのだ。さあ、早く押せ。蹴落とせば良いではないか」

 

 魔城は隣の檻にいる青三を見つめた。相変わらず澄ました顔をして何を考えているのか分からない。

 

「消えたくない」

 

魔城はそう思った。いつか地獄の刑期が終わって生き返れると思ったからこそ、ここまで頑張ってこれたのだ。消滅したら全て無意味になる。前世の頑張りも来世への希望も無くなる。「無」になってしまう。

 

 魔城がぐるぐると思考の渦に巻き込まれているその時、青三は魔城の方を向いて少しだけ笑った。

 

「お前が生きろ、魔城」

 

「え、どうして…そんな」

 

「俺は誰かを蹴落としてまで自分が幸せになろうなんて思わない。それじゃあ駄目なんだ」

 

 本当にこの人は、何を考えているんだ。魔城は何故か激しい怒りを覚えた。気づくと声を荒げていた。

 

「何言ってるんですか青三さん。ここまで何のために頑張って来たんですか、生き返って恋人との未来を取り戻す為でしょう! どれだけ苦労したと思うんです」

 

「ああ、苦労したさ。だからその権利はお前にもあるだろ。俺はいい。納得のいかない事は受け入れない」

 

 青三はイザナミを睨みつけ、右手でスイッチを薙ぎ払った。するとスイッチは宙を舞って檻の外へ、闇の中へと消えていった。

 

「こんなくだらないお遊びはもう終わりだ。俺を困らせたいのか、なら無駄な努力だ。俺が自分か魔城か迷って苦しむとでも思ったか?」

 

「俺は、誰かを助ける事に迷わない。それは死んでても同じ事だ。魔城を救う。未来には悪いが、きっと分かってくれるさ。俺たちは恋人同士だったんだから」

 

 

 魔城は目が覚めた気がした。

 そうだ、こいつはそういう奴だった。思えば「不運の試練」は人を助ける試練でもあった。多分、青三にとっては最初から試練でも何でもなかったんだ。あたりまえの事だったんだ。

 

 魔城は震える口をぐっと結んだ。怖かった。だが、今は生きるのに必死だった生前とも違う。自分の事だけを考えていた地獄勤めの時とも違う。青三が教えてくれた。

 

「青三さん、さよならです」

 

「お前、何を……早く青③を押せ」

 

魔城は息を吸い込み、じっとイザナミを見据えた。イザナミの表情は少し曇っている。想定外の出来事が起こっているようだ。

 

「私は二つ目の試練で、崖に落ちそうな子供を見捨てようとしました。私ならあれで試練失敗です。終わりでした──…」

 

「でも、青三さん。あなたは違った。歯を食いしばって子供を助けた。槍の雨を躱して、炎の中に突っ込んで、半グレと腕相撲して、宇宙人と文学対決して、銀行強盗をやっつけました。それだけやっても、まだ私なんか助けようとしてる。本当に馬鹿ですよ」

 

 青三にも魔城の唯ならぬ雰囲気が伝わった。まさか、自分が犠牲になろうというのか。まずい、スイッチを捨てたのは悪手だった。青三は叫んだ。

 

「よせ、やめろ魔城。俺を消せば良いんだ、青③を押せ!」

 

 

 しかし、今度は魔城が青三に向けて微笑んだ。その悲しげな微笑みには青三を黙らせるだけの力が宿っていた。

 

 きっと本人は気づいてないけれど、私は救われた。

 

「私の『存在』を全部あげます。どうか生き返って、彼女さんとの未来を勝ち取ってください。この後、あなたが選んだ答えなら、私は文句を言わないですから」

 

 魔城は自分のスイッチである『白⑦』を押した。

 これで良いんだ。難波青三、ここで消えるには惜しい人だ。きっと彼が生きていた方が世界は少しだけ良くなる。魔城には未練一つ無かった。

 

「魔城────ッ!」


 青三は叫んだ。そして、視界は真っ白な光に包まれた。青三の意識は遠く、彼方に消えていく気がした。

 

 

          ◯

         

 閻魔大王は「起きろ」と低い声で告げた。青三はその声に呼ばれ、はっとして起き上がった。そして叫ぶ。

 

「魔城──ッ!」


「はい、なんでしょう」

 

魔城があたりまえかの様に返事をするので青三は思わず「ずっこけた」。

 

「なぜだ、なぜ平気なんだ

 俺、また何かやっちゃいました?」

 

「分かりません、私だってびっくりしてます。たしかに白⑦を押したのに」

 

 ここは、裁判所の様な場所だった。だが部屋の装飾は赤色で何だか禍々しい。地獄の裁判所ということなのかもしれない。

 

 裁判官はもちろん閻魔大王だ。彼は一番正面で高い位置に座っていた。

 

「何故って、セイゾウ。お前が7つ試練を全て突破したからだ。おめでとう、お前の願いは叶うぞ」

 

「クリアしたのは良い。たしかに俺は生き残った。だが、魔城がいるのはどうしてだ」

 

 青三が聞くと、閻魔大王は嬉しそうに顎髭を撫でた。

 

「お前が『気高い精神』を証明したからだ。自己犠牲、願いを目の前にしてお前は自分より、尚も誰かを救おうとした。人はお前を馬鹿と呼ぶかもしれん。だが、お前の様な者こそ天国に相応しいのだ」

 

「そんなのアリなのぉ」

 

 魔城は気が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

 

 閻魔曰く、青三がスイッチを捨て去さり「魔城を蹴落とす」という選択肢を放棄した時点で、もう試練はクリアしていたらしい。自己犠牲と誰かを慈しむ深い愛の心。それこそが救世主の証明であり、天国への扉だった。

 

「だから魔城、わしはお前にも感心したぞ。まさかお前が青三を救うために自らを犠牲にするとはな。イザナミの奴は歯軋りして悔しがってたぞ」

 

「あ、いや、それはどうも」

 

 今更ながら魔城は恥ずかしくなって来た。照れたようにはにかむ魔城に対し閻魔大王は言葉を続けた。

 

「よって、わしが特別に此度のお前のガイド役、青三の補佐としての頑張りを認め、地獄の刑期を大幅な減刑とし、希望すれば部署の移動も認めよう。もっと楽な仕事もあるからな。

 早く勤め終えて転生すると良い。もう自殺するんじゃないぞ」

 

「おお、良かったな魔城」

 

 青三が魔城の肩を2回叩いた。魔城は感謝と嬉しさで「ありがとうございますっ」と繰り返しお辞儀をしている。

 

 

 閻魔大王はその光景を満足気に眺め、今度は青三に向き直った。

 

「ではセイゾウよ。天国に行くも、生き返るも、全てお前の自由だ。しばし猶予をやろう。選ぶが良い」

 

「分かった。だが、その前に。一回だけ現世を確認しても良いか? 今は俺が死んでどのくらい経つ?」

 

「うむ、大体十年といったところだろうな」

 

「十年か……。よく分かった。じゃあ現世を見て来る」

 

 やけに現世の確認にこだわるな、と魔城は気になった。どうせ時間が巻き戻るのだから意味なくなるのに。

 だが閻魔大王は、それで気が済むなら、と了承してくれた。

 

「恩にきる。すぐに戻るから」

 

「うむ……。

 ああ、そうそう。イザナミから言伝だ。セイゾウよ、『なぜ貴様は恐れない?』だそうだ」

 

 閻魔大王の問いに、青三は笑った。「なぜって…」

 

「俺は常に、正しい行いをしているつもりだった。一体それの何が怖いっていうんだ」

 

 青三がそう答えると、閻魔大王はがっはっはと大笑いだった。

 

「愉快だ。ではお前を現世に送ろう。気が済むまで見てこい。

 魔城、お前は青三がまた無茶しないように見張りだ。いいな」

 

「了解です」

 

 青三と魔城は光に包まれる。青三が死んでもう十年。彼は再び現世に戻るのだった。




───「俺の未来」に続く

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