7つの不幸

桔梗 浬

7つの不幸

 夏が来る。


 あれから3年が経つ。今でも思い出すんだ。あの時についた傷が右手の肘から手首にかけて傷跡を残してる。夏が来て半袖になれば否応いやおうなしに目に入る傷。僕が犯した罪の傷。


 あの日、僕は親友を失った。溺れて流されていく翔太しょうたを助けてあげられなかった。僕にもう少し根性があったら、僕の腕が壊れても翔太しょうたを救うことができたのに。


 夏は嫌いだ。そんな憂鬱な気分の中、女子アナは元気よく僕の最低な気分に印籠を渡す。


『ごめんなさ〜い。今日の最下位は蟹座のあなた。ブルーで落ち着かない1日。何事もうまく行かずイライラ。でも大丈夫!そんなあなたのツキを回復してくれるラッキー No.は、7。きっとあなたを素敵に導いてくれるでしょう。今日も一日気をつけていってらっしゃい。』


 僕の今日の運勢…。12位か。


 最悪だ。先週借りた本の返却の為、図書館に行かなければならない。暑いし遠いし面倒だ。


 ガシャーンっ。


「えっ?」


 ベランダに置いてあるバケツがひっくり返った音が聞こえた。猫か何かが飛び込んできたのかと思い、僕は扉を開ける。時刻は7:07。一応ラッキーナンバー。


「イタタタ…。」

「誰?」

「えっ?」


 そこには小さな羽の生えた、そう…ティンカーベルくらいのサイズの変な生き物が尻餅をついて倒れていた。


「あなた、あたしが見えるの?」

「うん。」

「驚かないの?」

「いや…。十分驚いてるよ。」


 その小さな物体は、ヒラヒラ飛んで僕の左腕に飛び乗った。めちゃくちゃ軽くて羽がトンボみたいに薄くヒラヒラしていた。これは夢だ。僕の頭がイカれたんだ。


 僕は無視をしてさっさと身支度を整える。忘れよう。そう思ったんだ。


「ねぇ〜無視しないでよ。あたしを無視するとたたられるわよ。」

「聞こえない。」

「嘘。聞こえてるじゃん。神林かんばやし 龍之介りゅうのすけ。」

「えっ?」


 僕は急に名前を呼ばれてびっくりする。思わず手に持っていた朝飯のプリンを床に落としてしまった。


「ほら〜。言わんこっちゃない。ラッキーガールのあたしを無視するから、不幸が訪れたのよ。これから先も災いがあなたに降り注ぐんだからね。」

「何を訳のわからないことを…。」


 僕は楽しみに買っておいたプリンの残骸を…ゴミ箱に片付ける羽目になった。これが不幸?確かに不幸って言われたらそうかもしれないけど…、元凶はあいつだ。


「わかった。認めよう。聞こえてるし見えてる。なぜ君はここにいて、なぜ僕に話しかける?」

「う〜ん。ここにいるのは、君に幸運をもたらす女神だから? そして見えちゃってるのは〜あなたが今死にたいって思ってるから…かな?」


 僕は改めてドキっとした。見透かされたようで怖かった。なぜなら、あの夏からずっと僕は消えてしまいたいと思ってる。なぜ僕だけが生きているのか。なぜ翔太しょうたが死ななければならなかったのか。なぜ僕は…。


「あ〜ごめん。図星だったよねー。大丈夫。あたしは幸運の女神だから。あなたの希望を1つ叶えてあげることができるわ。あっ、死にたいとか、消えたい。とかはなしね。そんなことできないから。」


 よく見ると可愛い顔をしている。花びらのような服をまとっていて、足も手もある。人間を小さくした感じだ。髪の毛だってあるし、長い髪をポニーテールにしている。人間だったら、きっとモテるだろうな〜なんて観察してみる。奇麗とかじゃなくて、愛嬌あいきょうがある可愛い顔。


「でかける。」

「ちょっと~願い事~!」

「ついてくんなよ。」


 僕はバックパックを肩にひっかけて家をでる。家を出てから図書館に辿り着くまでに、さらに不幸は続く。


 手始めに、マンションの前で管理人さんに大量の水を浴びせられた。入口の掃除をしていて、ホウスが躍りだしたんだ。だから怒る気もそがれる。


 僕は大丈夫ですと言って、その場をやり過ごしたんだけど…、次に知らない男の人に呼び止められ、殴られた。彼女の遊び相手と間違えたらしい。どうやら同じバックパックを持っていた。ただそれだけの理由で殴られたのだ。


「ほら~。あたしを無視し続けるから~。これで3つ目の不幸だよ。ここ7丁目だし、気を付けた方がいいよ。」

「不幸じゃない。これは事故だ。いいから…、僕に付きまとわないでほしいんだよね。7は今日のラッキーナンバーなんだ。」


「あっ!」

「えっ?」


 僕は自称幸運の女神に気をとられ、落ちた。マンホールの蓋が開いていたのだ。


「くっっっ…。」

「あぁ~、これで4個目。早くあたしに願い事言ってみたら?」


 僕は痛みに耐えるので必死で願い事なんて頭に浮かんでこない。浮かんだとしても、消えてしまいたい…っていうことだけだ。


 その後、工事現場の人たちに助けられた僕。病院に行くか?って聞かれたけど、これ以上人に構って欲しくなくて、そそくさと現場を逃げるように離れてみた。なにか違和感を抱えながら…。


「ねぇ~ 龍之介りゅうのすけのそのバック。君の?」

「僕を名前で呼ぶな。」


 確かに背負った時の感覚に違和感を感じていたから、僕は中身を開けてみた。見た目はまったく同じもの。黒のブランド物のバックパックだ。でも中身が違った。中には札束が入ってる。これが幸運なのか!?

 僕は、幸運の女神に見えないように背を向けてもう一度バックパックを背負う。


「どうだったの?」

「答える必要はないだろ?」

「ふ~ん。」


 幸運の女神は怪しむような眼で僕をみている。仕方ないから近くのファミレスでランチを頼む。もちろんフリードリンク付きだ。まだ読みかけの本があったはずなのに本がない…。仕方ないからスマホをいじって時間を潰す。


「ねぇ~それ何?」

「話しかけるな。」

「ちょっとくらい見せてくれてもいいでしょ~?」


 幸運の女神は僕からスマホを奪おうと、全身全霊の力を込めて抱え込む。…と思ったら…。ツルっとスマホは彼女の腕をすり抜けて、ドリンクのカップにポチャッと水没した。


「えぇぇぇぇぇっ、何すんだよ!」

「ごめん。これで6個目だね。」


 僕は慌ててスマホを救出する。なんとか動いているっぽいけど、ベトベトだ。まてよ?このドリンクのお替り…7杯目だった。なんなんだよ。7は僕にとってラッキーナンバーじゃなかったのかよ!


「お前…実は疫病神かなんかじゃないのか?」

「まさか!最初に言ったと思うけど、あたしは幸運の女神のNaNaよ。ナナって呼んでもらってもよくてよ。」


 メニューの端に座りながらナナはあくまでも幸運の女神だと強調する。もう…どうでもいいか。


 僕は外にでる。なんだか調子が狂うことばかりだ。


「ねぇ~そっちに行くのやめたら?」

「うるさいな。そっちに行かないと帰れないの。黙っててくれるかな?」


 ナナは、僕の周りをぐるぐる飛び回る。正直うっとおしい。叩いてやろうかと思ったその時、僕はしらない女の子に声をかけられた。


「待った?ごめ~ん。ちょっと電車が遅れちゃって。さ、行こ。」

「えっ?何?人違いじゃない?」


 女の子は僕の腕に手を回して強引に歩き続ける。そしてことわれない僕は今ホテルの部屋にいる。僕に声をかけてきた女の子は慣れた感じで部屋を選び、慣れた感じでシャワーを浴びてる。僕はまったく身に覚えがない。あったことも見かけたこともないんじゃないかな。逃げるべきか、間違いだと分かいてもこのままでいるべきか。


「なんか~エッチなこと考えてるね。 龍之介りゅうのすけ。」

「僕を呼ぶな。こ、こんなところに来たの初めてだし。これはナナ、君がもたらした幸運なのか?」

「まさか~まだ 龍之介りゅうのすけからの願い事聞いてないもん。それにさ~。」


 ナナは僕の鼻を足蹴あしげにしながら腕を組んで、僕を睨みつけてる。


「それに?」

「これ7つ目だからね。7つ目の不幸。」

「いきなりこんなシチュエーションで、不幸も何も~普通喜ぶべきことなんじゃねーの?」


 帰るタイミングを逃した僕はベッドの脇に座り女の子がシャワールームから出てくるのを待ってる。


「お待たせ~。先払いだからいいかな?」

「う、うん。」


 僕はバックパックに入っていたお金に手をつけた。そこから彼女に5万渡したんだ。相場が分からなかったけど、こんなもんかな?って思ったんだ。


「シャワー入ってきてよ。」

「う、うん。」


 彼女はお金をしまいながら、僕に指示をする。僕の心臓はバクバクして何も考えられなくなってる。僕は言われたままシャワールームへ。

 さっきまで耳障りだったナナの声が遠くの方で聞こえた気がしたけど、僕は今初めての体験に期待を込めて飛び上がりたいほどワクワクしてる。


 翔太しょうたの事故からずーっと何かに責め続けられていたけど、今解放された気分だ。僕は今生きてる。そう思えた。やっぱり今日はラッキー7Dayだ。


 嫌がる翔太しょうたをみんなで川に突き落としたのは、遊びだったんだ。あれは事故だ。そう思えるくらい心が軽くなっていた。



 ギ―っと部屋のドアが開き、バットを持った男たちが入ってくる。そして女の子は着替えて部屋を出ていく。サイドテーブルに置いてあるカードキーは、707と書かれていた。


* * *


「ねぇ~翔太しょうた。これでよかったの?7つ目の不幸であの子死んじゃうよ?」

「いいんだ。ナナ。僕の願いを叶えてくれてありがとう。」

「でも、あの子…後悔してたよ。消えたいってずーっと思ってる。」

「そうなのかな?偽善だよ。あいつが僕を殺したんだ。」

「そっか。じゃ~もういいね。帰ろう。」


END

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