ラッキーアイス
三咲みき
ラッキーアイス
「ラッキー!ちょうど3本残ってんじゃん!」
まさやんは、冷蔵庫からアイスを3本取り出した。それぞれ会計を済ませ、外に出た。
湿気を含んだムワッとした熱気が顔に吹きかかる。路地の奥まったところだから、日差しは幾分マシだが、それでも暑い。
僕らは路地を出て、公園に向かった。
歩きながらアイスの封を開ける。ソーダー味の棒アイスだ。
「これさ、ラッキーアイスっていうんだ」
まさやんが、一口かじりながら言った。
「ラッキーアイス?」
「そっ。ラッキーアイス。これ、あの駄菓子屋しか売ってないんだ」
「なんでラッキーなの?」
僕も一口かじりながら言った。ひんやりしたアイスが口内で溶けて、一瞬だけ暑さを忘れさせてくれる。
「あたり付きのアイスってあるでしょ?」
あっくんが、横からひょいと顔を出して言った。
「棒に『あたり』って書いてあったら、もう一本もらえるアイス。それのラッキー7バージョン」
「つまり、『7』って書いてあったら、アイスがもう一本もらえるってこと?」
「ちがうちがう。『7』が書いてあったら、ラッキーってこと。ラッキーなことが起きるってこと」
「へぇー」
なんだそれ。
「まあ、そういわれてるだけで、本当にラッキーなことが起こるかわからないけど。僕たちも何回か当てたけど、特別良いことがあった気はしないしね」
そう言ってあっくんも、アイスを口に入れた。
公園にたどり着くころには、みんなアイスを食べ終えていた。それぞれのアイス棒を見ると………。
「おっ!やったな!たけちゃん!7じゃん!………ってあれ?」
まさやんが首を傾げた。
それもそのはず。僕のアイス棒には『7』と書かれているのだが、それを打ち消すように、真ん中に横のラインが引かれていた。
「何これ?なんで横線が引いてあるんだろ」とあっくん。
僕はポケットに突っ込んだ、パッケージを取り出した。そこには「7が当たればラッキー!」と書かれていて、横線つきの7のことは何も書かれていなかった。
「この7のこと、何にも書いてないね」
「あれじゃね?ラッキー7を横線で否定してるから、アンラッキーとか?」とまさやん。
「えー!じゃあさ、これからたけちゃんに、アンラッキーなことが起こるってこと?」とあっくん。
「えー、ヤだよ………」
「まあ、でも。おみくじで凶が出たら逆にラッキーって聞くし。オレら、結構このアイス食べてきたけど、まだ一度もその7見たことないぞ。だから、ある意味ラッキーなんじゃね?」
まさやんが、フォローしてくれる。
「うん」
確かに、まさやんの言う通りかも。
僕は気にするのをやめて、アイスの棒をゴミ箱に捨てた。
***
「ただいまー」
台所に顔を出すと、母さんが夜ご飯の用意をしていた。僕は麦茶を入れながら、リビングを見渡す。まだ段ボール箱がいくつか残っていた。この街に引っ越してきて、まだ1週間しか経っていない。僕も早く自分の部屋の段ボールを全部片づけなきゃ。そう思いつつも、面倒くさくてなかなか捗らない。
「あれ?僕の『ヒロニクル』は」
発売と同時に買った僕の週刊少年ヒロニクル。ソファに置いておいたのに見当たらない。クッションをどけて探してみるけど、見つからない。
母さんが「あっ……」と言って。料理する手をとめた。
「ごめん………。もう捨てちゃった」
「えー!なんで!まだ読んでなかったのに!」
「あんたがちゃんと自分の部屋に片づけないからでしょ?」
「えー、でも」
捨てることないじゃない………。
「引っ越したら、自分の部屋ができるから、自分の物は自分の部屋に片づけなさいって、ここに来る前に母さん言ったよね?」
「…………」
確かにそう言われた。
「………もういい」
僕は麦茶を入れたコップを持って、自分の部屋に駆け込んだ。
母さんの言う通りだから何も言い返せない。でも捨てることないじゃん。読むの楽しみにしてたのに。
「また買いに行くか………」
少年雑誌がいくら安いとはいえ、少ないお小遣いからもう一冊買うのはさすがにいたい。
「あーあ」
僕は小さくため息をもらした。
***
「たけと、起きなさい!いつまで寝てるの!」
母さんの声で、ガバっと起きた。
「何時!?」
「もう少しで8時!」
「なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよー!」
「何回も起こしたけど、あんたが起きなかったんでしょ。早く支度しなさい」
母さんは怒って部屋を出て行った。
急いでランドセルに今日の教科書を突っ込んだ。顔を洗って服を着替えて、トーストは牛乳で無理矢理口の中に流しこんだ。
「いってきます!」
僕は慌ただしく家を出た。寝坊なんて、もう何年もしてなかったのに。
無我夢中で通学路を走った。
***
チャイムが鳴るギリギリに教室に入った。
「たけちゃん、おはよ~」
前の席のあっくんが話しかけてくる。
「ギリギリだったねー。宿題やった?」
「あっ……」
「うん?」
「家に忘れた」
ちゃんとやったのに!さっき慌てて出てきたから、全部机に置いてきてしまった。
「最悪………」
絶対、先生に怒られる。まだ1回も怒られてないのに。
「寝坊はするし、昨日母さんに漫画捨てられるし、最悪だよ」
それをきいたあっくんは、あごに指を添えて言った。
「もしかしてさ、あれじゃない?昨日のアイスのせいじゃない?」
昨日僕が食べたラッキーアイス。確かにあれから、不運なことばかりが起きている気がする。
「でも7が当たっても、特別いいことはなかったって、言ってたじゃん………」そう言おうとしたら、チャイムが鳴った。
***
それから1週間、僕は不運の連続だった。体育でドッジボールをしたらボールが顔面に当たる、雨上がりの水たまりに滑って転ぶ、買ってもらったばかりの鉛筆を失くす。
いよいよ、あのアイスのせいとしか思えなくなった。
「ただいま」
僕は玄関で服についた砂をもう一度はらった。さっき、まさやんたちと鬼ごっこをしていて、盛大に転んでしまったのだ。服は汚れるし、膝からは血が出ているし、手も擦り剝けるしで、本当に最悪だ。
台所をのぞくと、料理が作りかけのままで、母さんの姿はなかった。
「母さんなら、買い物に行ったよ。牛乳忘れたって」
リビングから、兄ちゃんが声をかけてきた。今帰ったばかりみたいで、まだ高校の制服を着ていた。
「うわ、どうしたのそれ」
兄ちゃんは僕の姿を見るなり、目をまるくした。
「さっき転んだ」
「早く着替えておいで。膝もちゃんと洗って。消毒してやる」
きれいな服に着替えて、手も足もきれいにして、兄ちゃんの部屋に行った。
「ほらここに座って」
兄ちゃんがベッドをポンと叩いた。
兄ちゃんに手当てしてもらいながら、僕は部屋を見渡した。兄ちゃんの部屋は、僕の部屋と違ってすっきり片付いていた。本棚には、僕の知らない本がいっぱい並んでいる。
もしかして、兄ちゃんなら、あのアイスのことがわかるのでは?僕のこの不運の連続と、アイスの関係に何か答えを出してくれるのでは?
「兄ちゃん、あのさ………」
僕はこれまでに起こったことを全部話した。兄ちゃんは、ちょっと考えてから、口を開けた。
「たけと、それはな。『気のせい』だ」
「は?」
賢い兄ちゃんなら、もっと違う答えを言ってくれるかと思ったのに、「気のせい」なんて。
明らかにがっかりした僕を小さく笑って、兄ちゃんは言った。
「違うんだ。気のせいっていうか、俺らの周りでは、良いことも悪いことも起きてるんだよ。例えばさ、お前、母さんにヒロニクル捨てられてまた買いに行っただろ?ヒロニクルの発売日は、毎週月曜日。お前が買いに行ったのは木曜日。木曜日にも関わらず、まだ売れ残っていたのは、ラッキーなことじゃないか?」
「確かに………」
言われてみればそうだけど。
「『悪いこと』ばかりに目がいって、日常にある『良いこと』にはなかなか気づきにくいもんだよ。ちなみに今日の晩御飯はハンバーグだ。ハンバーグはお前にとって『良いこと』だろ?悪いことばっかりじゃないはずだ」
「うん」
「だから気にするな。第一、母さんにヒロニクルを捨てられたのは、お前がちゃんと片づけないからだろ。寝坊したのも、夜更かしをしたから。お前自身が原因のものもあるだろ。アイスのせいにしないで、ちゃんと反省しろ」
最後のは耳が痛いセリフだった。でも、兄ちゃんが言ったことは正しい。
もう気にするのはやめる。でも、もう二度とラッキーアイスを買うのは止そう。
ラッキーアイス 三咲みき @misakimaru
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