concerto

 あの御披露目行列から、特にソープランド:憩いの森界隈が一変した。

 ソープ嬢は出番準備中なのに、すっぴんではなく薄化粧して、自らの個性の強い部位にはメリハリをつけて、そう塗り美人をコンスタントに見せる。早秋であるのに、ただ目のやり場に困る衣装で未だ通われる。



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 せつこさんは、まあタチが悪かった。元AV女優で、東京の夜の街ではではブイブイ言わせてたらしいが、キャッシングまみれになってはソープランドに転籍したらしい。

 それでも、取り立てが厳しいので、憩いの森へと移籍金有りで漸く帳消し出来たらしい。とは言え、遥々ミナミに出ては、ままハッチャケてるらしい。

 その勢いで、ラッキーセブン精肉店に間食に来ては、バンズ無いの、コロッケパン作ってよと延々粘って行く。それがひっきり無しなので、出勤表を貰っては、出番の日に、姉石楠花のいる伽藍堂からバンズを貰っては、漸く満足して帰って行く。本当におっとりの長崎県人かになるが、アイドルデビュー時は、はにかむ長崎県人で売っていたから、まあで済ます。


 ただ、御披露目行列以降で、間食に来る時は、風俗化粧では無く、アイドル雰囲気に面持ちを変える。7割仏頂面から、100%笑顔になり、何がどうしましたかといつも訪ねる。


「ええ、これが普通よ。ほら私って、何かと過去って考えるでしょう。そう言うの良くないなって、最近本当よく分かったの。亜肖さんの様に、未来に生きて行こうかなって、切り替えたの。ほら、私の為だけに、コロッケパン用意してくれるんだもの。これ深い愛情あればこそよね。だから、来年の御披露目行列の和洋日傘のイメージデザインお願いね」


 そうやって、普段はきっちりお代をバーカウンターにおいて行くのだが、直接手渡しで、腕を引き寄せられてはチークキスをされた。そこには、日本の香料配分では無い香水の残り香が首元に残り、結局そう言う事かになる。

 そしてチークキス7度目にして、お代と共に、せつこさん指名のソープランド:憩いの森の特別優待券も渡された。高校卒業してから来てねも。あと1年半は軽くある。



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 めぐみさんは、ソープランド:憩いの森の指名No. 1ソープ嬢だ。普段から、落ち着きたいから声を掛けないでねの、職業婦人だ。

 めぐみさんは日勤が長いせいか、うちの店ラッキーセブン精肉店は、精肉店と看板を掲げているのに。カフェテーブルあった方が良いわね。カウンターチェアあると良いわね。でも仲見世通りの雰囲気と違うわね、亜肖ちゃんオーガニックな雰囲気で作り直しでと日曜大工させられる。

 そして雨だよ、さて静かになるかだが。勝手にお茶の間に入って来ては、家族と佇まれる。一体何が正解なのか。

 そしてめぐみさんは、まま上機嫌になって身の上話をする時もあるが、最後は阪神淡路大震災の神戸のOL時代の話になり、全てが幸せだったわねと、30分泣いては仕事場に戻って行く。

 家族も恋人も会社も何もかも無くなってしまうのは、俺は振り切って、またお越し下さいとしか言えなかった。

 そして御披露目行列以降では、鼻歌でさえもハスキーボイスで上機嫌だ。普段一切、俺の事など御構い無しの給仕扱いなのに。ここ最近は世間話をして、あは、高校楽しいのよと大らかに答えてくれる。


「そうよ、楽しいでしょう、亜肖さん。れおんさんと付き合ってるのだから。良いわよね青春って。でもねスキンはね、えっつまだなの。キスが3回って、逆に心配だわ。何が心配って、れおんさん早熟だから、恋人は9人いて。ああそう、聞いていない。それは多分、亜肖さんの歳では分からないと思うけど、女子って出会って成就するなんて稀なのよ。切り替えて次頑張ろうが現代っ子だと思うの。その上で亜肖さんと深くなるなんて、愛って、どうしても運命よね」


 まあ、説得力有るような無いような。デザートのスプーンがカタンと落ちたので拾いに行くと、頭が何か挟まれた。

 ただ柔らかい。俺は視線を必死に上げると、めぐみさんのホットパンツから飛び出た太腿の中で、更に足を組まれた。めぐみさんは逆に緊張して解れないと言うものの、絶対分かっててやってる。

 漸くめぐみさんの太腿地獄から抜け出すと、めぐみさんがああ命拾いしたと言い張る。そしてめぐみさんは改まり、慇懃に指名のソープランド:憩いの森の特別優待券を渡す。

 いや、俺は高校生ですからも。当然待つけど、れおんさんより先に亜肖さんを屠って義理は守りたいと。いや何を守るのか、女子の論理はさっぱりだ。俺はつい、来年の御披露目行列の和洋日傘のイメージデザインを担当しますと進み出たら、感激で30分ずっと手を握られ続けた。

 いや、そうでは無いが、めぐみさんは泣くよりは笑顔の方が断然良い。



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 土屋界磁さんは、四辻れおんの従兄弟にあたり、俺達の幼い頃からの兄貴分に当たる。歳は15歳離れているものの、ただフランクで、ラッキーセブン精肉店に寄っては、差しれとして、かなりお買い上げ頂く。

 界磁さんは、大阪ではカタギの仕事をしていたが。四辻家には長女四辻れおんがいるが、嫁入りしては、江戸時代より続く遊郭の大店憩いの森の跡取りがいなくなる為、父四辻巻田の弟の次男土屋界磁を養子にしようかの準備が進んでいる。それが今のソープランド:憩いの森のマネージャー職だ。

 その面倒見の良さが、四辻家が醸し出す家族的雰囲気と融和し、憩いの森に移籍したいの下評判を生み、そこから全国の我こそはのソープ嬢が集い、まま県外のお客さんを猿富元町に招き入れている。

 こちらは、御披露目行列以降では、ほぼ皆優しくなったとは真逆にシビアになった。いつもは50個単位で揚げ物を買って行くのに、軽く5倍のお買い上げとなる。当然、予約も何もなく来るのだから、有りませんと言おうものなら、何時間でも待つと、その間長い長い、いつも長いお話になる。


「つまりさ、亜肖もれおんも、巡り合わせで運命の恋人になったわけでしょう。俺は、そうなるかなとは分かっていたよ。何か良いよな家族って。そりゃあ早いって。亜肖さ、実質真面目な弟分でしょう。そして先々真面目な戸籍上の弟になってさ、良いよね、男兄弟。実の兄貴とは剣道剣道ばかりの凌ぎ合いだったけど。こう無性で慕ってくれるのって、良いよな。いやさ、れおんもさ、今思春期だからから、何か俺と距離あってさ。亜肖から先に、もっとグッと距離感無くなると、男ってそんな感じなので、全てが解消されるのにな。大丈夫、進展しろとか言わないから。ああでも唐揚げ300個早くね。50個増えてる。ちょっと得意先増えた。だってさ、俺の弟が丹精込めて作ってるんだからさ」


 下ごしらえに、自然と涙が落ちた。人間扱いというか、俺の内側を見てくれている。

 俺はどこかで、女子の目を気にして、学園生活も水墨画も調理も上手くやろうとしていた。兄になってくれる、一人っ子だったけど、改めて家族なりたいから、れおんのわがままは無制限に聞いてもよくなった。



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 れおんの母親四辻詩乃さんは、見た目がずっと30代前半のままだ。いや、れおんが大人びているので、2人並ぶと身長10cm差の身近な姉妹に見える。いつも笑顔。そこには大人になる迄の苦労が備わっての事と思う。以下、大人の会話から漏れ聞いた事だ。

 詩乃さんは、実家の事業が失敗し一家離散するも、借金だけは残ったので、若い身空で夜の世界に入り、最後は関西人気店である猿富元町のソープランド:憩いの森で、ほぼ詩乃さん一人で借金を無事完済した。

 別に誰に対しても虚勢を張る事なく、自らを振り返って真心を尽くした事で、多くのファンを生んだ。そのファンは、何かと詩乃さんに頭が上がらない事から、自らで名乗り出ず、遊郭の大店との線引きを守った。

 ただ、そんな詩乃さんを射止めたのは、現在夫の四辻巻田さんになる。詩乃さんの佇まいの完璧さから、手放す事を恐れて、借金も肩代わりすると申し出るも、筋が違うと詩乃さんに何度も断られたらしい。

 そして、いつしか時が愛で満ちて行き、大店と従業員の不文律を超えて結婚した。皆、嫉妬をさておき、口を揃えて根気の有る良い恋愛話とじんわりする。


 ただ、詩乃さんは真面目過ぎて、ソープランド:憩いの森の人員が揃わないと、自ら現場復帰し、大人の界隈はまま賑やかになる。

 町内の夫人方が悋気に及ばないのは、詩乃さんの身を張ってのプロフェッショナルに敬服したからと思う。

 俺達、思春期世代は遅れて、あの清楚な詩乃さんは実はになると、ああ早く大人になりたいとは思ったものだ。勿論男親もそうなら子供も何れにもなる。

 口下手な俺の父七城冬至が、詩乃さんを接客しようものなら、その会話の充実度は5倍になる。その傍らで、母七城雪枝が咄嗟に舌打ちすると、察して詩乃さんが切り上げるという、小さな修羅場をよーく見てる。


 御披露目行列以降は、週一のペースで今日も詩乃さんが、但馬牛3kgを買って下さる。和風日傘の一件から、ちゃんでも、君でも、さん付けに昇格し、たまに師範とも会話に出るが、次回作も無いのにそれはと、悩ましくなる。


「いいえ、懇意の美術商の方に、亜肖さんの描いた背中越し女般若の和洋日傘を鑑定して貰ったら、初値相場で100万円を付けてくれたわ。もう師範で良いでしょう。ただね、私が寂しくなっちゃって、極貧生活が長くて思い入れの持ち物が無いと気付く訳なのよ。確かに、旦那様からブランド品は送って貰えるけど、私の過ごして来た、全てを表すものが欲しいなって。亜肖さんの描いて下さる和洋日傘を私にも。そうよ。順番は早い方が良いのだけど、私って我儘かしら」


 詩乃さんは、但馬牛を包んだ袋毎俺の手をぎゅっと両手で包み込む。これは俺の筆致の感覚だからこそ分かるが、俺の下半身のサイズと感触を見事当てている。これは父冬至を接客した当たりではなく、本能で推し当てている。れおんの母親でもあるが、心が浮ついた時には、何気なく詩乃さんもいる。余りの自然さに、永遠に握られているかだったが、母雪枝が舌打ちした事でお会計に、ほっと進んだ。

 俺は緊張しながら会計を終えるも。詩乃さんは、そうなれば和風日傘のお礼とになる。そして丁寧に袱紗を開いては目録を差し出す。


「亜肖さん。中身は高校卒業したら、真っ先にご利用下さい。いざとなると緊張して出来ない事があるから。私が進んで指南いたします。とは言えど、今から緊張しない様にね。ねえ亜肖さん」


 詩乃さんはご機嫌に店を後にするが、俺は何の事か呆然としながら、目録を見つめる。

 母雪枝が目録を取り上げ展開すると、そこには詩乃さん指名のソープランド:憩いの森の特別優待券が10枚入っていた。

 10枚かで仰け反ったのは、母親だ。1枚だけだったら、そのまま破り捨てたであろうが、俺の水墨画の評価込みに、何よりの性教育ともなると、下手な女性よりはましと、うろたえながら預かった。

 当然れおんには死んでも言わないは、母子共に何度も何度も頷いた。



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 そして大御所たるは、四辻家当主にして名士、れおんの父にして、ソープランド:憩いの森の経営者の四辻巻田さんになる。

 歴代のラッキーセブン精肉店のジューシー唐揚げのファンでも有り、時間があれば寄り、スタンドバーで満喫して行く。

 日々は祖父七城喜重が仕上げた分を食して行くが、御披露目行列以降は俺の指名で、10個一皿を食す。俺の仕上げは祖父の通りに中心は程柔らかくだが、敢えて肉汁が出る改良も、揚げたて限定として認められている。

 恐らく、町内のその噂込みで、日々挑み、今日も出るかの美味いのを、待っている。


「亜肖さん、美味いは美味いだけど、90点かな。個性を出すならもっと思い切った方が良い。うちの憩いの森も全国に知れ渡っているが、その分淘汰があってね。個性が浮き上がって来ないお嬢は、どうしても尻すぼみになって、店を後にする。一期一会、実に良い言葉だね。もっともそれは、詩乃から深く教わった言葉でも有り、生来の天女とは、誰も拘束出来ないものだよ」


 ああ、はいになった。詩乃さんからの優待券の事情は公認という事か。ここでそれならばと、れおんとの今後を振ってみる。


「この先、れおんが俺を気に入って、生涯の伴侶になったとしても、俺は憩いの森に入らないと思います。巻田さん。このラッキーセブン精肉店を継いでも良いですか」

「そこはどうか、お構いなく。れおんの事だから、40過ぎてもふわっとするのは止む得ないと思っていたが。縁もゆかりもある師範に出会えるなんて、私達は付いているね。互いに観音力に近い家系、更なる高みを目指せとは、主とはとても愛情が深いものだね」


 四辻巻田さんは丁寧にクロスを切る。更なる高みとは何だろう。れおんは無邪気さのアンリミテッド。俺は何だろう、調理師免許取ってラッキーセブン精肉店のメニューの体系化作り、若しくは趣味の水墨画をぼちぼち向上させる事か。その傍らに、凛としたれおんがいる事はとても頼もしいと思う。


 そして四辻巻田さんが一呼吸置くと、俺の左手に直接、何らかの束がドンとかなりの重みが来る。

 それは今や見慣れたソープランド:憩いの森の特別優待券だが、丁寧に捲って行くと、それぞれのソープ嬢の名前が書かれている。その数19枚。まさか、依頼か。

 巻田さんは語る。皆が和風日傘のイメージイラストを欲しいが、直接は言い難いという事で、巻田さんが声を拾って持って来たと。

 高校卒業後の約束手形になるが、その日が来れば、憩いの森に戻って来てもらうので、どうかご了承になる。いやそこ迄はの苦い顔をするが。巻田さんは、若いって事は持て余しての人生だから、何の過不足も無いと高笑いしては店を後にする。

 この不思議。モテているのは俺の筆致。ただそれも俺だになるのは、明朝の朝焼けを見て、長所短所もそういう事だに落ち着いた。



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 あれから、俺達、七城亜肖と四辻れおんは25歳になった時に結婚した。

 俺は調理師学校に進み、れおんは大阪の女子大に進学した。身分も学歴も水と油だが、皆にこれしか無いの、どんちゃん騒ぎの結婚式で、俺達関係者は大阪のホテルのブラックリストに入って軒並み出禁になった。

 そんな不服の事態もあって、1年後に今度は和歌山で景気直しの結婚式を行なった。勿論どんちゃん騒ぎをしたが、まあ、将来があるからと、大目に見てもらえた。

 その後、れおんは七城家に入り、勤め人になる。しかし結婚式の多幸感から、大手家電会社の営業から転職して、和歌山のリゾートホテルのホテルマンになった。人生は順調だ。


 ただ、俺達の25歳の結婚は遅く無いかは。

 あのソープランド:憩いの森の優待券が、和洋日傘のイメージイラストで何かと乱発されたので、重々承知のれおんから、全部使わない内に結婚すると、浮気扱いだからとごもっとも指摘を受ける。

 若さの迸りは、俺の歩みのピークに程よくはまり、適度に女性の扱いも慣れたとは、れおんからも言われる。


 かくして、七城家のラッキー7と、相克となる四辻家のアンラッキー7は程よく調合され、両家の繁栄に向かっている。愛とは何事も超えるものだと。この先も歩み続ける。

 たまに内密の依頼でと、指名付きの優待券を貰うが、かれんに程無く没収される。今は、ラッキー7精肉店の主人でしょう。営業収益に計上するわよで、慈善事業に徹せられる。それ位の方が、力みが無くなって、更なる新境地には向かってはいる。

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宿業 判家悠久 @hanke-yuukyu

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