宿業
判家悠久
étude
近所の喫茶伽藍堂へと嫁入りした姉水守石楠花もまた、俺同様に観音力を持つ。コーヒー豆の挽き方に評判のある喫茶店だが、姉石楠花のカード占いの的確さもあって、かなり賑わっている。
俺は弟であっても、普通に予約を入れて、今やどっちがオマケかの、ブレンド焙煎コーヒー入ったコーヒーカップを傍らに、託宣を待つ。
カードを八枚配置し、占い者の生数の場所に、自らを示すカードが置かれる。俺七城亜肖は、七枚目に位置に、俺を示すクラブのジャックを置く。対線上の、融和、相克の二大配置のカードを捲る。その相克の位置に、この前迄疎遠だった四辻れおんを示す、ハートのクイーンが、どうしてもかと姉弟揃って唸る。
「つまり、」
「亜肖のラッキー7に対しての、アンラッキー7。そもそも七城の7の生数に対しての、相剋の四辻の4の生数のだもの。宿業って、どうしても有るよね」
「だから、付き合っていいのか、どうかだよ」
「ここ微妙よね。互いに引き合って、心根を引き出せ合えるなら、そう言う恋愛も有りかと思うの」
「全然、それ、れおん見たらそのままだろう。相談にならないよ」
「でも、背中はちょっと押しました」
「まあ、それは感謝してる。してます」
姉石楠花のカード占いは、本格的な修行を経て、因果律に大影響を与えないように諭す。俺としては、大人び過ぎて、制服が浮いている四辻れおんに中々近づけない。
幼少の頃は、ここの和歌山城外郭の猿富元町で遊んでいた。れおんは後にアメリカンスクールに通い、そして2年前の阪神淡路大震災での、両親から本国帰還の諭しでカルフォルニアから帰って来て、別次元の美女になっていた。
食べ物がどうしても違うのと、長らく滞在するとアメリカナイズドされるてると、塗り上手な和歌山美人とは素材がまるで違うねと。何をおいてもの美人としてもっぱらの評判に受ける。
そんなれおんが、俺に唐突に自家製ミルクキャラメルの詰まった袋を、どんと渡し、そのままになってる。手紙はあるが、私のイメージデザインを描けだ。
その時は意味が分からなかったが、キャラメルの意味としてあなたといると落ち着くと。恐らく愛情を大きく周回した表現とは、俺の解釈だった。ただ何て言おうか。俺たちは相克の関係なのだ。
俺のデザインのそれは、祖父七城喜重が流麗な水墨画の書き手に由来する。俺は祖父に幼少の頃から筋があると、今も叩き込まれている。その甲斐あってか仲見世通りの看板作成があると、俺も共同作業者として連れられては、良い後継者と皆に褒められる。どうもと。
まあそう言う事で、亜肖ヘルプには、謝礼有りきで応じてはいる。そのれおんのイメージデザインって何だで、1週間掛かって考えて仕上げた。
+
四辻れおんに、イメージデザインを渡したのは、放課後にれおんが詰めるピアノ練習個室だ。俺は丁重に台帳を差し出し、れおんがまじまじと水墨画を見つめる。
それは怒るだろうとも思う。浜辺で天真爛漫に踊る天女を、7つ迄下書きしたが全てが違った。れおんの強さは視線の確かさだ。
俺が晴れ男系観音力に対して、れおんは悪夢系観音力だ。れおんは何かと災厄を見ては、小さい頃は泣き虫だったが、それは幼少で早くも達観したのか視線が座っている。
悪夢の内容は災厄の限りで、幾人もの死を見つめた以上、別格の芯の強さを持つだろう。あの阪神淡路大震災の大筋も、俺は遥かに昔に聞いていた。不意に。
「背中越し女般若。これが私、まあ怖いものね、はああ」
「れおん、そこ違う。悪夢ばかり見るから、これは俺なりの護符。そう言う趣旨じゃないの」
「そっちものね。まあいいわ、全部合格。それではご褒美」
長身のれおんは、俺の肩にしなだれ、厚みのある唇が近づく。まさか。唇はリップクリームが塗られていたのかしとやかで、そのう、俺の唇がこじ開けられ、筆舌にしがたいものが、俺の口の中で踊った。ディープキス。いや、そもそもキスを一度もした事がないのに、これかで俺は固まりなすがままになった。
初めての堪能に、呆然としていると、れおんは俺の制服ズボンを下ろし、パンツも下ろすと、漸く我に返った。
「れおん、待った、」
「大丈夫、個室でも誰か入ってくると行けないから、短くペッティングだけにするから。ああ、見たい系ね。いいわよ」
「違うって、俺全部初めて。こう言うのって、そう言う事じゃないだろう、」
「そうよね、手順踏む系ね。亜肖真面目だもんね」
「その前に、そう言う関係じゃないだろう」
「えっつ、特性ミルクキャラメル貰ったらから、付き合い開始だと思ったのに、ああ」
れおんは、丁重に俺のパンツと制服ズボンを上げると、どんと強く押しては、ピアノ練習個室から押し出した。
その直後に「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調のピアノソロ」が高らかに鳴り響く。素敵と生徒が次々集まってくるが、俺は微妙だ。
そのタッチは憤りそのままで、俺に全部聞きなさいとばかりに、俺の足の甲に音でピケを打ち込む。分かったよ、終わる迄、お仰せのままにします。
+
猿富元町には不定期ながらも、それは豪華な御披露目行列がある。猿富元町にあるソープランド:憩いの森のソープ嬢50名超による、お揃いの黒留袖に和風日傘を差しては、和歌山城の外堀と内堀を威風堂々に僥倖するものだ。
日程が決まってないのは、江戸時代寄りの遊郭の伝統は有るものの、和歌山県警へと伺っては、余り華美にしないようにお達しを受けてだ。
ただ余りにもの、塗り美人の容姿端麗で、皆が振り向かざるを得なく。御披露目行列のその日は、大人は勿論全世代が、半ばお祭り騒ぎになる。
俺は事前にれおんから、一等席で見てなさいと日程と高級ホテル万楽ホテルの前で待ち続けた。そして、歓声と応援が次々巻き起こり迫る中、筆頭には不動の一番嬢の恵さんが、ご覧あれと人混みをその色香だけで切り開いて行く。
和歌山美人は存在しないと言われるが、そこは三割頷く。俺の家業のラッキーセブン精肉店に来る風俗嬢と来たら、ほぼすっぴんの大雑把さで、目のやり場は小さい頃より、もう耐性はついていた。
でも、いざこうして御披露目行列を見ると、俺の水墨画の創作意欲がついに湧いてくる。こう湧き上がるものがあるのが、俺が大人の入り口に近づいていると悟りかけていた。
そして行列最後に藍染の留袖を着た女性が2人、ソープランド:憩いの森を経営する四辻の母娘、四辻詩乃に四辻れおんだ。
そう、れおんの実家はソープランドを営む。ただアウトロではなく、江戸時代から続く遊郭の大店で有り、和歌山市中でも芸能分野の名士の扱いを受け、風俗と一括りにされる事はない。
「あら、亜肖ちゃん。お待たせしたわね」
「いいえ。待つのもお役目です。多分、れおんと付き合ってますから」
「亜肖、そこ控え目でも、多分はつけないの。それで感想は、褒めなさいよ」
「一から十迄は褒められるけど、今日は一際艶やかだ」
「それは、そうでしょう」
れおんはターンすると、和洋日傘に酷く見覚えのあるデザインに目を疑った。そしてまたターンし、れおんは流麗にその和洋日傘に描かれた背中越し女般若を俺に見せる。俺の作品がここで使う算段だったのか。
「亜肖ね、もう皆の評価抜群の巨匠扱いよ。押し並べて腰が引けてるのは、女性の性が、私もなのでしょうね」
「亜肖ちゃん。生涯の宝物ありがとう。いつかお礼するわね」
「ああでも、それはれおんの為だけに描いたのであって、何か参ったな」
その時、突き刺す程の強烈な視線を、四辻家母娘を待つ御披露目行列全員から感じた。
「まずいです。これはいけない方の嫉妬ですよ。ああ、またラッキーセブン精肉店でグダグダ絡まれる」
「亜肖ちゃん、将来有望ね」
「そっちね。亜肖、そうじゃない方だから。まあ女の園で生きるって宿業を、きっちり受け止めるのだけど」
頭を抱えしゃがみ込む俺に、四辻家母娘が、丁寧に背中をさする。その優しさがただ沁みる。
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