第52話息子side

「母がダズリン男爵家に引き取られることに反対だったんですか?」


「そりゃそうだよ。いきなり店に男爵家の使いだっていう奴らがやってきてね。エラを養女にするから手続きにサインしろって言うんだ。胡散臭いったらなかったねぇ。実の父親が娘を引き取るのに理由は要らないだろ、って言ってたがね。なら何で今まで名乗り出なかったのかって話じゃないか。こっちは妹から父親の話なんか一度も聞いた事がないんだ。正直、人買いか詐欺師かの類だとばかり思っちまった」


 僕が想像していた以上に母の母は最悪の女だったようだ。

 実姉の夫を寝取っただけでなく家の金を全て持ち出しての駆け落ちだけでなく、幼い娘を娼館に売り飛ばしていた。

 流石に三歳の姪を娼館に連れて行くのは忍びなかった“ばあちゃん”は、借金をしてまで母を守ってくれた。恩を仇で返すとはこの事だな。



『親がどうであれ、生まれてきた子供には罪はない』


 侯爵家の顧問弁護士。

 彼の口癖だ。

 先生も複雑な思いで僕の面倒をみていた筈だ。

 父と母の両方に顧みられない僕を憐れんでくれたのか。それとも僕の出生に関係しているのかは分からないが先生はいつも僕の味方をしてくれた。

 先生は母を嫌悪していた。

 それでも僕には優しかった。

 世間の目から精一杯守ろうとしてくれていたのを知っている。


 それは、“ばあちゃん”も同じだった。


「母がすみません……」


「なんだい、急に。あんたが謝る事じゃないよ。私が勝手にやったことさ。エラを引き取ると決めたのも厳しくしたのも全部私が考えて行動した結果さ。もっとも、エラにとっては私に引き取られたくなかったかもしれないねぇ」


「……」


 そんなことは無いとは言えなかった。

 酔っぱらった母が口にしていた事を思い出したからだ。

 酒を飲みながら恨み言を吐く母は“ばあちゃん”の気持ちを知らなかったに違いない。嫌っていた伯母に守られていたなど夢にも思わなかっただろう。


「いえ、母はあなたのお陰で今日まで生きていました」


 僕は自分の感情を押し殺して嘘をついた。

 目の前の“ばあちゃん”は聡い。僕の嘘を分かっていながら敢えて何も言わずに話を続けてくれる。

 それが有難かった。







 あの人を恨んだこともある。


 父が僕と母を愛してくれないのはあの男のせいだと思っていた時期すらあった。

 母が酒に溺れ自我をなくしていくのは父の元恋人の存在のせいだと。

 彼が「王妃」になったせいで侯爵家が社交界で爪弾きにされているんだと思った。


 僕に友人ができないのも、街の人が暗い目で見てくるのも、大人たちが奇異な目で見てくるもの……全部。


 現実は更に酷かった。

 

 ノア王妃に非は全くなかった。ないどころか彼は被害者だった。加害者?それは僕の両親だ。正確には母親だった。

 母のせいで不幸になった人は多い。

 誰もが知っている中で僕だけが長く知らされなかった。僕が幼い子供だからという訳じゃない。ただ単に母は自分の罪を罪だと思っていなかったのと、父は僕に無関心だった。こういった気配りは何時も先生がしてくれた。


 雇い主の息子。

 それでも赤の他人だ。

 親が親としての役割を果たさないのを気遣ってくれていた。親切な先生は僕が分別がつく歳まで待ってくれたのだ。


 そして真実を語ってくれた。


 母は愚かだった。

 独りよがりな愛は結局、母を破滅させた。



 




 


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【完結】魔法薬師の恋の行方 つくも茄子 @yatuhasi2022

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