アンラッキー7

もりくぼの小隊

アンラッキー7


 初めましての方は初めましてお久しぶりな方はお久しぶりです。あたしの名前は「保坂ほさかモモ」ごくごく普通の女子高生。うん、誰に言っているんだという話ですけど、心の中の独り言は自分だけの特権ですので気にしないでください。と、また誰に言っているんでしょうかね。


 はい、とりあえず話をこっちに戻しましょう。現在あたしは休日の商店街を歩いています。目的地は古本屋。急に元不良の教師が主役のアルファベット三つな古い少年漫画が読みたくなったので物色しに外出しました。そのくらいの用事です。


 はい、まったく知り合いに会うなんてないだろう休日。こんな所で出会うはずもない人物が目の前にいるなどとは思わない休日。ただ平和に過ぎるだろうといった休日に。

 憂いのある横顔で小さなため息を吐いている本郷好実ほんごうこのみセンパイと遭遇してしまいました。


 はい、本郷センパイを知らない方に簡単に説明しますと、あたしの所属する文芸部の先輩で、人類全てHMと豪語する腐乱フランプールな女子です。HMの部分は昨今つかっていいのか作者も決めあぐねているのでオブラートに包んでありますが、とにかくセンパイのイキイキしとしたアイデンティティなワードがHMなのです。黙っていればボインな眼鏡クイッとした頭良さげな清楚系なのです。ラベンダーブルーのニットに、おみ足ぱっかりフロントスリット入りのくすんだブルースカートを併せた涼しげなワントーンコーデとやらをバッチリと着こなしたオシャレさんな私服外見に騙されそうになりますが、本郷センパイというお人は口を開けばフふ腐な危険物です。休日に摂取するにはあまりにも劇薬すぎます。きっと今日もお得意の人間観察カップリングの最中でしょう。幸い、あちらはコチラに気づいてはおらず。ここは回れ右をして気づかなかったという事でサイナラしましょうかね。


 はい、それではセンパイまた明日──。


「──あれは……──」

「ちょうちょうちょうこんな往来で何を言おうとしてるんすかねっ」


 あ、しまった、いつもの危険ワードを口にする瞬間を目撃したためついと身体が勝手に動き出してツッコミにいってしまいました。はい、センパイにも気づかれました。


「あらやだ保坂さん、こんな所で奇遇ね」

「いや、この商店街はうちの近所なんすけど、こっちはセンパイがいる方がビックリなんすわ。で、何してるんすか? なるべくご近所にカテゴリーFなワード口走っていただくのはご遠慮願いたいところなんすけど」

「失礼ね、私がいつ物事をダメにするような破滅を口走ったのよ。まぁ、あの兄弟の歪んだ真っ直ぐさも嫌いでは無いけど。私の愛馬は凶暴です──……じゃあ、僕からいくよ、兄さん」


 いや、いつも何ですけどね。つか今も凄く危ない事言ってませんかね。やめなさい、そのカチンコチンな姓の兄弟は敵役と言っても天下のSライズのGシリーズのXなんすから。お口チャックしてくださいと言ってもチャックできないでしょうからあたしが凍り付いた記憶が目覚める未来に話を戻します。


「はいはい、で、で、センパイはなにしてたんすか? ここパン屋すよね?」


 憂いのある顔をしてドコを眺めているのかと思ったら素朴な懐かしい味が売りのパン屋さん「鶏村とりむらベーカリー」です。ここの親父さん野球ファンですから贔屓の赤ヘル軍団が勝った次の日はサービスがいいんですよね。て、その話は置いときましてセンパイの話を聞きましょうか。


「えぇ、アレを眺めていたのだけれど」


 センパイがアレというとなぜか危険度が増すんですけど、センパイの眼鏡の先を見ると手書きの新発売と書かれたポスターがデンと貼ってあります。ほう、新発売。最近野球が絶好調なおかげで新作に取り掛かったんですかね。さて、商品名は。


「……アンラッキー7?」


 ラッキー7なら勝利祈願で分かるんですけど、なんで「アン」を付けた? なんか一気に勝利から遠のきそうな商品名な気が……。


「あぁ、なるほど理解したわ」

「え、センパイこのパンの名前の意味わかったんすか?」

「ふふ、とても簡単なことよ保坂さん」


 センパイが得意げにフクフクと口端を笑わせています。ちと、悔しいですけどお応えいただきましょうか。


「これは……ね、間違いない」

「……はあ?」

「なによ?」

「いや、なんもないすけど」


 いつものFワードとは違う言葉にちょっと物足りないと思ってしまったあたしはたぶん、どうかしてる。


「これはきっと、先にラッキー7のネーミングを思いついたアンパンが七つ入ったお得な詰め合わせ販売ね。ほら、お値段がちょっとお高めな600円だもの。恐らく、アンパンに自信アリとみたわ。アンラッキーの意味には気づけなかったんじゃないかった程にね」


 本郷センパイは気にせずにアンラッキー7なるパンがどんなものかを推理していきます。まぁ、確かにパン一個の値段にしては高いからアンパンお得詰め合わせ販売はいい線いってるのかも? 鶏村ベーカリーのアンパンは一個120円だから本当に七個入りならお得感はありますね。親父さんは野球にテンションがアガると周りが見えなくなりそうなんで、ネーミングの凡ミスに気づけなかったというのも納得できます。


「しかし、お得なアンパンセット。ふふ、買う価値はありそうね」


 本郷センパイは満足気な表情で頷き、ポスターを眺めています。いや、本当にセット販売かはわからないですけど。


「センパイて、そんなにアンパン好きだったんすね」

「もちろん、菓子パンの中では一番好きよ。アンパンは日本生まれの元祖菓子パン。王道中の王道。つまりは「ホモ」ね」


 ……この人、サラッとカテゴリーFワード跳び越えてきやがりましたよ。いや、いいんですけど。センパイと言ったらこの二文字ですから。まぁ、HMホモは置いてきまして。


「てか、アンパンて、元祖菓子パンなんすね。知らなかったすわ」

「そうよ、アンパンは明治7年生まれの菓子パン。翌年4月4日に桜の塩漬けが添えられたアンパンが明治天皇の花見に献上されたおめでたいパンでもあるの。この事から4月4日は「アンパンの日」でもあるのよ。私はね、アンパンはやはりストレートにアンが主張する攻めが好きなのよ。一見、パン生地が包んでアンを攻めているようだけど、アンパンという世界の中心にいるのはアン。口の中でもその甘さを主張することによって顕示欲を誇示しているの。アン‪は攻め、パンは受けが正義よ。あぁ、あとねジャムパンは明治33年生まれでクリームパンは明治37年生まれなんだけど、元祖菓子パン御三家が揃うとまた攻め受けの組み合わせがもどかしい三角関係が妄想すこぶるホ──」


 本郷センパイはアンパンの歴史ウンチクを語りながらイキイキと攻め受けカップリング妄想も忘れずにヒートアップしていきました。


 ……あたし、しばらくは菓子パン食べなくてもいいかな。色んな意味でお腹いっぱいですわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンラッキー7 もりくぼの小隊 @rasu-toru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ