第2話
――売上対決? しかも、私が勝ったら雄星さんの本が書籍化? それなら、だいぶ収入が入るわけだよね。なら、勝つしかないわけで……。
「売上対決? つまり、僕らと有隣堂が売上で勝負するわけ?」
雄星さんが言った。
「そゆこと。どう? ブサカワフクロウ、良いアイデアじゃない?」
「誰がブサカワフクロウやねん。しかも、フクロウじゃなくてミミズク」
「同じじゃないの?」
「違うやん……てか、売上対決を拒否すればどうなるのよ?」
ブッコローが訊ねた。
「え? 有隣堂が潰れる」
「いや、それは」
「なら、売上対決してもらおう!」
トリはなんかフワフワと舞い上がり始めた。ものすごいかわいい笑顔。
「僕は全然受けますよ。優秀な販売員がいるので」
そう言って、チラッとこっちを見てきた。一度コクッと頷いて。
「え? 私?」
「うおっ」
と、急にブッコローが変な声を出した。目を剥いている。いや、ずっとギョロギョロしてるけど……。
「良いだろ! やりますよやります。はい、文房具王になり損ねた女カモン」
なんか、半ば諦めたかのように誰かを呼んだ。
「こんにちは」
「うぇっ!」
と、気づけば私の隣にでっかいメガネをかけたエプロン姿のオバサンが。
「こいつは文房具バイヤーの
「どうも」
――文房具王になり損ねた女、とは一体どういう?
「てか、一個良いすか。文房具の販売ならあれじゃないですか。うちは文房具扱ってないんだから勝負にならないんじゃ……」
「あぁ、それはもう単純に売上対決なんだからそんなの関係ないってことでー」
トリはあくびをしながら言った。
「じゃ、五時までの対決ね。始めますよー、よーい、ドン!」
と、トリは急に宣言した。
え? もう始まったの?
と、岡崎さんの動きは早かった。すでに店に事情を説明してたらしい。そこから、入口で宣伝を始めた。
「いらっしゃいいらっしゃい。今日はね、カレンダーの安売りやってまーす。色々揃えてるのでぜひ! ここには面白いカレンダーいっぱい並べておりまーす。店舗内にもたくさんのカレンダーがあるのでぜひ!」
もうすぐ四月だからか、カレンダーの宣伝を始めた。
「何これ? 間の文字を読め……」
眼鏡をかけた青年が悩んでる。
「あすとはいえ……?」
「こういうなぞなぞみたいなのが、毎日続くカレンダーなんですよ。脳トレにオススメです」
「マジか。僕ね、ちょうどそういう謎解きとか大好きなんですよ。面白そう……買おう」
――一歩リードされた。
私もちょっと見に行ってみると、札束が作れるカレンダーとか潮干狩りをする人のためだけのカレンダーとか……。
面白いカレンダーがたくさん並んでいた。
「中で変な文房具展覧会もやってまーす」
――気になるっ!
私は思わず雄星さんを置いて、有隣堂しか知らない文房具の世界へと浸かってしまったのだった。
変な文房具を見終わると、十時半に始まったはずが十二時となっていた。
「あ、やっと出てきたー! 遅いよー、BOOK MARK潰れちゃうよー! いいのー?」
トリが口をとがらせて出てきた。いや、既にとがってるか。
「いやいや、偵察ですよ。こっちは昼から勝負です。ところで、雄星さんどうですか?」
「あぁ、僕? こっちは今何冊か売れてる。この書店のファンが結構買ってくれてるから、今六千円位かな?」
「……それはヤバいですよ。マズい、絶対ボロ負けしちゃいます」
「マジか。それならこっちも色々頑張らないとなぁ……」
「だから、今から頑張るんですよ」
私にはアイデアがあった。しかも、結構たくさん。
いつも常備している折り紙を取り出す。まずは、ひたすら長方形に切って、BOOK MARKのさっき私が考えたオリジナルロゴを書く。ロゴは、トラックの荷台がしおりになっているというものだ。
それをラミネートする。
そして、穴あけパンチで穴を一つ開け、紐を結ぶ。
「しおりか。BOOK MARKモデル。良いじゃん。僕も手伝おう」
「じゃあ、やっておいてくださいね。私はまた別のものを……」
結局、昼ご飯も食べず、私たちは様々なものを作っていた。
「はい、今三冊以上本を買えば一冊無料でーもらえます! さらにそれぞれの本五パーセント引きでーす! 六冊買えば三冊無料、九冊買えば八冊無料になります! 本を買えば必ずBOOK MARKオリジナルしおりが付きます! 本を買った方で希望者には占いもあります! 本を購入しない方でも百五十円払えば高度な占いが十分間で受け放題です! いらっしゃいいらっしゃい! このチャンスは今日だけですよー!」
私は早速声を張り上げる。
「おぉ、三冊以上で五パーセント……九冊で八冊も無料でもらえるのか?」
書店が最近まで無かった彼らには追い風だ。
「すみませーん! 私ね、学童保育をしているんですけど、絵本とかいっぱい買っていいですか?」
と、ピンク色のエプロンを着たおばさんが手を上げた。
「あ、ぜひぜひお願いします!」
おばさんは、なんと二十七冊も買ってくれた。それに伴い、二十四冊を無料で差し上げた。絵本や漫画、児童小説などなど……。
これで、だいぶ儲けた。
「あの、占いもお願いできますか?」
と、気弱そうな顔をした中学生くらいの女の子が立っていた。
「あ、全然全然」
「恋愛のことなんですけど……」
言い出しにくそうにしている彼女。
私は手のひらを覗き込み、思いっきり握手してあげた。
「大丈夫! 恋愛に関する線はものすごい良いよ! 絶対行ける。他になんかある?」
「……ええっと、好きな男の子との相性とか分かりますか……?」
「あぁ、それなら画数とかで診断できるよ。あ、一応言うけど、これで相性良かったからって絶対付き合えるわけじゃないからね。あくまで、占いだから」
「それでもお願いします!」
この十分で百五十円を得た。
「うわっ! ……あ! ブサカワフクロウ!」
レジで本を売り捌いていると、気づかぬ間にブッコローが覗いていた。カメレオンのような両目の向きが違う感じは健在だ。
「偵察してるの?」
「……いいねぇ……」
ブッコローは頬を少し赤くしていた。
「これなら、あのトリにイイ感じにしてもらえるかな……?」
「何、何なの」
――このブサカワフクロウ、だいぶ気持ち悪いぞ!
と、ブッコローはパタパタと舞い上がり、なんと私の肩にちょこんととまった。
「え……?」
「良いなぁ、やっぱり。今度一緒に競馬でも行かない?」
――競馬っ?!
さらにブッコローは私のほっぺにそっと羽を置いて……。
「何うちの和花に触ってんだ!」
と、なんか勇ましい男性の声。と同時にブッコローが外へ落ちて行った。
「汚いぞ、ブサイクフクロウ。フクロウが人間の女をナンパしてるんじゃねぇよ!」
振り返ると、目を吊り上げている雄星さんがいる。珍しく、これはキレてる。ブサカワではなくただのブサイクになってるし。
少し私の心拍数が上がっているのは多分気のせいだ。
「いや……別に、ナンパしてる、つもりは……」
苦し紛れの言い訳をブッコローはしている。
周りにいる客は、ただ呆気に取られて喋るブサカワフクロウ、いや、ブサイクミミズクを見ていた。
「ま、いや、別にあなたから和花ちゃんを奪う気はないから、安心して、ね、ほら……さよーなら……」
ブッコローは力なく、ヨレヨレで飛んでいった。
「大丈夫か、和花。嫌なことされてないか?」
雄星さんは少し恥ずかしそうに言った。
「いや、別に何もないです……」
まさか、別に私は雄星さんが好きなわけじゃない、はず、だ。
――けど、なんでこんな顔が熱くなってるのぉ……!
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