『有隣堂しか知らない世界』

DITinoue(上楽竜文)

第1話

 カタカタカタカタカタカタ……。

 運転席の隣からキーボードを叩く音が聞こえてくる。しかもものすごい早打ち。

「……どうですか? 進んでます?」

「まあまあかな。けど、結構反響は良い」

「そうですか」

和花わか、ありがとな。運転疲れただろ」

「大丈夫です。それより、師匠も――雄星ゆうせいさんも酔いません?」

「……酔ってないって言ったらウソになるな」

「マジですか」

 私は今、私の志によって、私の人生を変えてくれた、私が大好きな男性の元で働いている。


 彼——大森おおもり雄星はこの移動書店、BOOK MARKの店主兼書店員だ。このBOOK MARKは書店や図書館が無い十四の市区町村を改造したバンで回っている。一カ月に一回、その場所で一日だけ本を売る。

 田舎ではそういうものはすぐに出回り、意外とよく売れるのだ。

 私、青木あおき和花はと言うと、学生時代、同じ高校で一学年上だった図書委員の雄星さんがオススメしてくれた占いの本で占い師の勉強を始めた。それから、紆余曲折して、私は結局本に囲まれたいということを知った。だから、私は色々と伝手を辿り、あの雄星さんが運営するBOOK MARKに行きついたのだ。




「あ、雄星さんもうじき着きます」

 最近、雄星さんは自分が見たという不思議な夢などを小説投稿サイトに書いている。これが意外と反響がいいらしい。また、BOOK MARKの毎日をエッセイとして投稿しているそうだ。

 元々は私がSNSとか作ったのだが、雄星さんもやっとそっち方面のことを覚えてくれたらしい。

 四月。桜が舞い散る季節。一カ月前なら五時くらいにはもう夕暮れだったのだが、今になってはもう普通の昼間だ。

 今回売るところは、コンビニエンスストアの前——だったはずが、いつの間にか空き地になっていたところだ。

 ――あ、新しい建物建ってる。

「お、なんか出来てるな」

「何でしょうね?」

 今日はこの建物の駐車場で夜を越すことになる。

 ――前までなら、すぐコンビニでお弁当買えて良かったんだけどなぁ。

 運転席から降り、私はその店の看板を見ることにした。

 一体何の店なのだろう。そこの人とも仲良くできたらいいなぁ……。

「はぁっ?! ウソだろ?!」

 と、先に行っていたらしい雄星さんが目を剥き、石になってしまった。

「え? どうしました……えぇーっ?!」

 その店名は衝撃的なものだった。


 ――YURINDO。つまり――有隣堂。


 有隣堂と言えば、関東の方で影響力のある老舗書店だ。YouTubeでも面白い動画をアップしていて、古いのになかなか現代的で面白い書店だ。

 関東に行った時には時々覗くこともある。

 ――その有隣堂がどうしてここに?

「有隣堂がどうしてこんなところにあるんだ?」

 同じことを感じていたらしく、雄星さんが嫌そうな顔で言った。

「さぁ、知りません。ところで、どうします? どこか別のところで売りますか?」

「んなこと言っても僕らに許可が出てるのはここだし……。チクショウ、なんで市役所は教えてくれなかったんだ?」

「じゃあ、明日は予定通りここで売るんですか?」

「……まあ、取りあえずは。そんなことより、まずは夜のだし巻きサンドだ! この新作のデカいやつが今日の心の支えだったしさ」

「いや、そんな場合ですか?」




 チリリリリリ……。

 目覚まし時計にしては何とも弱々しい音が響く。

「おはようございます……」

「おはよ」

 雄星さんはすでに起きていて、本の準備をしていた。

「大丈夫ですかね? 有隣堂さんはもうみなさん出勤してるでしょ。何も言ってきませんか?」

「今のところは。誰もこっち見てないし。社員はどうやら裏の駐車場から行くらしいから。開店は十時だってさ。うちより一時間遅い」

「何でそんな」

「さっき、偵察してきた」

 事も無げに雄星さんは言う。

「そんなことして良いんですか……?」

「まあ、一応は商売じゃん。競争相手を知っておかないと」

「——なるほど」


 有隣堂が開店の時間を迎えた。

「開店でーす」

 出てきた栗頭に小っちゃい丸眼鏡の、黒い顎髭のおっちゃんが出てきた。

「店長だ」

「あれが」

 なんか、アニメに出てきそうな面白い見た目で笑えてしまう。

「あの、本を買いたいのですが……」

「あ、はい。これですね。分かりましたー」

 あちらばかり見ていると、なんとおばあちゃんがボーイズラブの小説をずいと差し出してきた。


 そして、ほどなくこの店の正体を知ったらしい有隣堂の書店員たちが抗議にやってきた。

 乗り込んできたのは、なんとあの栗頭店長だった。

「ちょっと、何やってるんだ君たち。目の前は書店なのに何でこんなところで本を売ってるんだ」

 そこから色々文句を重ねて、言いたいことだけ言って怒りながら帰っていった。


「……どうする。ちょっと、別の場所移動しようかな……」

 と、呆然としていた雄星さんは突如言った。

「え? だからって、退却はダメでしょ! いつもの弱気な雄星さんが出てますよ」

「う……どうしよっかな……」

 と、その時だった。


「BOOK MARKを無くすのは絶対にダメー!!」


 と、何やらバンの中からものすごい勢いで何か丸い物体が私に向けて突っ込んできた。

 ボムッと柔らかいバウンド。

 目の前にいるのは――薄い茶色ベースに、白い顔、めっちゃ頭の毛が立っていて、胸に何やら青い四角の何かが付いている鳥だった。

「え? あんた、喋った?」

「だから、BOOK MARKはボクの収益源なんだから絶対にダメー!」

 全く質問に答えず、その鳥は茶色い小さな翼をバタバタさせながら高いキュートな声で言った。

「——ウソ、喋れるの、あんた……そんな鳥がいるとは……」

 私は思わず失神しそうになってしまった。

「マジか。そんな……お前、名前は?」

「鳥」

「え?」

「カタカナで、トリ」

 ――いやそのままやないかい!

 何か、雄星さんだけはこいつの存在を知っているかのように冷静なのが不思議だ。小説を読む人はこんなのに動じないのだろうか。

「ひとまず、トリはBOOK MARKの味方ってことね……」


「ここは有隣堂の敷地だー!」


 と、さっきとは違う別の声が響いた。

 トリよりは低くて、少しガラガラした声。

 と、その声は有隣堂の方から、黒い影と共に飛んできた。

「さっさと、別の本屋はどっか行ってくれー!」

 目の前にいるのは、なんかものすごいカラフルな耳らへんの羽にオレンジ色の胴体、所々茶色の毛で、左右別の色の目が別の方向を向いているという、奇妙な鳥だった。

「なんでまた喋る鳥が二体……君は何て名前だ?」

 雄星さんはもう、喋る鳥二体目には慣れてしまったのか、もはや呆れていた。

 私はまだまだ戸惑ってるのに。

「R.B.ブッコローだ! 知っての通り、有隣堂一の愛されキャラであり、癒されキャラである……」

 そこから、このブサカワミミズクの独壇場となった。ただただ自分の自画自賛が続く。

 ――正直あの見た目じゃ全然癒されないと思うんだけどな……。

「というわけで、そんな有隣堂の代表としてこの移動書店を潰しに来たわけですよ!」

「BOOK MARKね」

 私は小声でツッコんだ。

「まあ、とにかく、この小さい車には退場していただこうかと。どうです、お客さん?」

 ブッコローは羽をさぁ、と促すようにそこら辺で呆然と見ているお客さんに差し向けた。


「……ブーブー」


 みんなやっぱり、こんな絵本みたいな世界に戸惑ってるのかな……と思うと、一人が急にブーイングを始めた。

「ブーブーブー!」

「ブーブー」

「ブーブーブーブー!」

「私はずっとBOOK MARKの顧客なの!」

 と言い張るおばあちゃんまでいた。何やら脇にはBL小説を持って。

「え? ウソ、待って、何で?」

 ブッコローは思わぬ展開に、ギョロギョロした目をそれぞれ逆方向に一回転させた。


「なら、これはどう?」


 と、急に発言をしたのがトリだった。


「そーだ、良いこと思いついた。その二つの店舗で売上対決ってどう? 勝った方は退散して、ついでに三木森君が勝ったらエッセイとかワンダー・ストアを書籍化ってことで」

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