第3話
一日は瞬く間に過ぎて行った。
かなりの客を集められた自信は私にも雄星さんにもあった。
――けど。
それにしても、あの文房具バイヤーとか文房具王になり損ねた女とか言う岡崎と言うオバサンはなかなかの実力だった。
正直、だいぶ面白い人だし、何なら連絡先交換して友達になろ! って言いたくなるくらいの……。
「はい、それじゃあいよいよリミットを迎えましたー」
トリは相変わらずのほほんとした声で、堂々とバンの天井で言った。
そこら辺にいる常連さんたちはそのトリをじっと見つめる。
――何、なんか選挙演説を聞いてるみたいじゃん……。
「みなさんはたくさん本を買って下さったと思いまーす。これを機に読書体験たくさんしてくれたらなぁと思ってるよー! いや、文房具もか。けど、ボクはね、やっぱり小説の虫だから文房具には興味ないかなー、ウソ、冗談です」
トリの一人語りは続く。
「まあ、そんなかんなで結果はっぴょー!」
やっとこのトリの話が終わったか、と聴衆全員が早くしろ、と言う目線を彼に送る。それでも、彼はそんなことを全く気にするそぶりはない。
「まずは、ブサカワフクロウことR.B.ブッコローと、文房具王になり損ねた女こと率いる有隣堂の売上は……六万千七百円!」
反応は無い。
――お願い、勝ってて! パンとかくれる常連さんもいるんだから、ここで潰れるのは無理……!
「次に、対する三木森勝勢君……違う、間違えた」
――え?
私は思わず眉間にしわを寄せた。
何で、あのトリは雄星さんの、小説投稿サイトでのペンネームを知っているのだろう?
「はい、ええっと大森雄星君とナンパされかけた青木和花ちゃん率いるBOOK MARKの売上は……!」
皆が固唾を飲み、発表を待つ。
「下の位から言うよ? 零、零、九、九……四! つまり、四万九千九百円で……企業の力を振りかざした株式会社有隣堂の勝利と、なって、しまいました……っ」
ギャーと悲鳴が飛び交った。
「はぁ……仕方ないや、また別の場所で頑張るしかないかな……?」
雄星さんは何か、諦めたように溜息一つ。
「いや、ダメでしょ。このまま退いたらダメでしょ……?」
「はい、と言うわけでみなさん!」
と、オバサンの声が響いた。
どこから持って来たのか、マイクを握った岡崎がBOOK MARKの屋根の上にいる。
「みなさん、残念ですがこれも勝負の結果です。敗者にはそれなりにやってもらわないとですからね……BOOK MARKさん、退却をお願い……」
――もう、我慢できない!
「ちょっと待ってくださいよ!」
気付けば私は叫んでいた。
「いくら対決に負けたとは言っても……私は本が好きでここに来たんです! 別に、文房具と本ってジャンルが違うんだから住み分けられるんじゃないんですか?」
「……だからって、うちも書店。文房具だけを扱うわけじゃないんですから……。素直に受け入れてくださいよ。別にBOOK MARKが潰れてしまうわけじゃないんです。そうだ、何なら資金援助しますよ」
岡崎は嫌そうな顔しながら言った。
「それじゃダメなんです! 何でもお金で動かさるもんじゃないんです!」
ダメだ。爆発しそう。
「私は高校時代図書委員だった雄星さんに色々お世話になったんです! それで私は雄星さんのことが……いや、本が好きになって、それで本に囲まれて暮らしたいなぁって思ったんです。そこから色々、まさに小説になりそうな人生を送ってきたんですよ。それでそこから、一家を巻き込んだ騒動に乗っかってこの書店に来ました。久々に会った雄星さんはすごいキラキラしてました。すごい楽しそうに本を売っていて、たくさんの本と出会える環境でした。だから、私はここで本を売りたいって思ったんです」
「……本を売るなら有隣堂でもできるじゃない。なんなら雇ってあげようか? 社員さんになってほしいなぁ……」
「だから! 移動書店だからいいんです! 一カ月に一回、十四の市区町村を巡って、そこで様々な人と関係を築いて。様々な地域の風を味わえるし……私はこの移動書店が好きなんです! BOOK MARKじゃないとダメなんです! ここの人とも深い関係を作ったんですよ! だから、今回負けちゃったけど、ここまでたくさん買ってくれたんです! 本と出会ってくれたんですよ! お願いですから、どうにかできませんか……?」
「そーだそーだ!」
と、有隣堂の方からなんか声が飛んできた。
「ブサカワフクロウ……?」
「和花ちゃんが頑張って盛り上げてきて、色んな人から愛されてたBOOK MARKを無くすのはだいぶもったいなくない? だからさ、ほら、ね?」
「……」
「有隣堂も好きだけどBOOK MARKも好きだから。まあ場所は我々有隣堂がどうにかすればいい話でしょ? だから、トリ、お願い」
思いがけずナンパ相手の私の援軍になったブサカワフクロウ……いや、R.B.ブッコローはトリへと視線を向けた。
「……分かったよ。けど、それでいいの?」
「文房具王になり損ねた女はどう?」
ブッコローは岡崎に視線を向けた。
「……この終わり際だから言えるけど、私もね、なんかこういう書店に憧れてたのよね……」
岡崎は何か、すっきりした表情で言った。
「分かった。じゃ、BOOK MARKの販売は継続ってことで。いい? あ、けど三木森君の書籍化は無理……まあ、頑張って書いてくれたらそれでいいからさ」
「……分かりました」
これを聞くお客さんはと言うと
「じゃ、そう言うことで。バイバイ」
トリはバサバサと羽をばたつかせ、だんだん暗くなってきたへと舞い上がっていった。
と、その時だった。
有隣堂がピッカーと光った。
「え?」
「何?」
「眩しっ!」
お客さんも次々に起こる良く分からない状況に戸惑いを隠せない。
その後、お客さんはバタバタと倒れて行った。
「え? ちょ、雄星さん?」
「なんか、どういう……?」
光が治まってきた。
「え? ウソ……マジか」
「あれ?」
目の前に、さっきまであったはずの有隣堂が見当たらなかった。ブッコローも岡崎もいない。有隣堂が出来る前の広大な空き地が広がってるだけだった。
「え? これって……?」
「……まいったな」
雄星さんはそう言って地面に落ちていたものを拾い上げた。
「これって……?」
ザワザワと当たりが騒がしくなる。光に倒れていたお客さんが起き始めた。会話からすれば……さっき起こった出来事は、覚えていないらしい。
そして、私の目が正常であれば、さっき雄星さんが拾い上げたものは、ブッコローが立っていたところらへんにあったそれは、赤いピンバッチと『有隣堂が作る企業YouTubeの世界』という緑色の本だった。
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