fairy tale 6:予測不能のLucky & Unlucky

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

第1話 バーガンディー色のアンラッキー

「シキさん。私、一度本の中に入ってみたいです!」


 そう言ってアイツが持ってきた本は、童話ではおなじみの「シンデレラ」だった。綺麗に着飾って王子と踊りたいのか思えば、「カボチャの馬車の乗り心地がすごく気になるんですよね」と真面目な顔で返してきやがる。やっぱりコイツの思考は読みづらい。


 シンデレラの本はだ。以前も貸し出したことがあるし、内容も危険なものではない。そう思って承諾したのが仇となった。

 二階のカフェで本を開き、テーブルに突っ伏して眠るチトセの様子を見に行ったら、彼女が座るテーブル席の向かい側にバーガンディー色の塊が座っていた。


「セブン! お前なんでここにいる!」


 暗い紫よりの赤色、バーガンディーのシルクハットとテールコート。名前を連想させる「7」の形を模したステッキは、テーブルの端にかけられている。こちらを振り返りながらシルクハットを軽く上げ、金色の瞳に俺を確認すると、セブンの口元に作り物めいた笑みが浮かんだ。


「やぁやぁ、ご機嫌よう! シキ君。今日もアンラッキーをお届けに来たよ☆」

「来んな!」

「ひどい言い草じゃないか。僕だって好きでやってるんじゃないよ。でもね? 人って満たされすぎると、今度は刺激が欲しくなる生き物なんだよ。そういう皆のために、僕がいる。そう! アンラッキーセブンとはこの僕のことさ☆」


 そう言いながら颯爽と立ち上がったセブンが、まるで舞台上の役者よろしく優雅に左腕を横に上げた。右手は胸の前へ、長ったらしい足は片方だけわずかに交差させて腰を折る。それがまた異様に様になっているから、余計に癪に障る。


「相変わらずウルセぇよ。今は客が読書中だ」

「これまためずらしい客だね。最近みんなが噂しているスィートハニーかな☆」

「変な呼び方すんな。ただの……客だ」


 本の返却口になってしまっているコイツを客と呼んでいいものか一瞬迷ったが、俺たちの関係を表すいい呼び名が思いつかなかったので少しだけ言葉に詰まってしまった。


「ふむ。今はまだ、ただの客……というわけだね。ならばこの僕が一肌脱いでやろうじゃないか☆」

「おい。まさかコイツに何かしたんじゃないだろうな?」

「おやおや、おかしなことを言う。僕はアンラッキーセブンだよ? 僕が現れた時点で、それはもう起こっているのさ☆」


 そうだった。セブンはアンラッキーを振りまくあやかしだ。幸運も不運も、意図して起こすことはできない。だからコイツが目の前に現れた時点で、どこかに不運アンラッキーが訪れている。


 不運と言っても、セブンが引き寄せるものはそう危険なものではない。買ったばかりのグラスを割るだとか、鳥の糞が頭に落ちてくるだとか、そういう「今日はツイてない」と感じる程度のものだ。

 けれど彼は俺ではなく、本の世界へ入り込んでいるチトセの前に現れた。とすれば、アンラッキーが起こっているのはチトセの方だ。


「お前っ、なんてことしてくれてんだ!」

「吊り橋効果ってやつだよ☆」


 たとえセブンの起こす不運アンラッキーが小さなものでも、チトセは今はじめて本の世界へひとりで入り込んでいる。そこへ知っているはずの物語に異変が起これば、さすがの彼女も不安になるだろう。

 不運アンラッキーがどういうものであれ、物語を最後まで体験すればこちら側へ戻って来られるが……その前に、ピクルドゥプラムティー青汁色の梅干し紅茶で強制的に戻すか? いや、茶を入れる時間が惜しい。俺が直接入り込んで、終わらせた方が早い。


 机に突っ伏したままのチトセの横に座り、彼女の上半身を強引に抱き起こす。意識のない体は当然ぐったりともたれかかってきて、完全に倒れ込む前に俺は眼鏡を外して、熱を測るように互いの額を触れ合わせた。




 ***




「シキさん。あの本、実は未処理なんじゃないですか? カボチャの馬車に乗る時にガラスの靴を片方落としちゃったんですけど……。粉々に割れたかと思ったら割れたぶんだけ靴になって、最後にはその靴を手にした男の人たちが馬車めがけて物凄い形相で追いかけてきたんですけど!」

「あぁ……悪ぃ。ちょっと、問題が起こってな」


 アンラッキーセブンのことをかいつまんで説明してやると、一瞬驚いた顔をしたもののすぐに納得したようで、「そうですか。大変でしたね」とまるで人ごとみたいに呟いた。相変わらず順応力が高すぎだろ。しまいには「会ってみたかったな」とまで抜かしやがった。


「ちょっとびっくりしましたけど、でもですね! 途中で白馬に乗った魔術師みたいな人が助けに来てくれたんですよ。顔が見えなくて胡散臭くて、黒いローブと白馬の組み合わせがおもしろいくらい似合わなかったんですけど」

「……悪かったな」

「え?」

「何でもねぇよ。つーか……胡散臭いならついていくなよ」

「そう思ったんですけど、差し出された手がシキさんの手に似てたので、つい」

「ぶっ!」


 思わずコーヒーを噴き出しそうになってしまった。

 ほんっとにコイツは……無自覚に人を翻弄しやがるから油断ならねぇ。


「大丈夫ですか!? どうかしたんですか?」

「お前の方がタチの悪いあやかしじゃねぇか」


 幸運も不運も、自分の意思では引き寄せられない。

 ならば今ここに、もしかしたらがいるんじゃないかと。

 そう、ガラにもなく思ってしまう自分の気持ちを持て余して、俺は残りのコーヒーを一気に呷ることでコイツからさりげなく顔を逸らすことにした。



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