トンネル事故

@ramia294

 トンネル事故

 関西の私鉄は、優秀だ。

 悪天候にも負けず、

 事故もあまり起こさない。

 事故が起きても人命まで失われる事は、ほとんどない。


 冬のくすんだ色の空が生み出す、真っ白な雪にも、

 夏の遠い南の空からの長旅の最後に、ひと暴れする雨風にも負けない。

 関西の私鉄は、黙々と運転を続ける。


 僕の乗る私鉄も、

 厳しい条件に負けず、運転を続けてくれる、ありがたい存在だ。


 その駅を6時58分発の大阪行きに、僕は乗る。

 その時間を過ぎると通勤電車の混雑が始まり、スマホでゆっくりと文字を打つ余裕が無くなるからだ。


 その日は、長く降り続いた雨も上がり、気持ち良く晴れた通勤タイムだった。

 遅れ気味の電車も気にならない。

 僕たちの乗る電車は、その駅を7時に出発した。

 車掌さんが、遅れていることを謝罪するアナウンスを流しているが、こんな気持ちの良い朝に2分程度の遅れは、どうという事は無い。

  

 途中、長いトンネルを通過する。

 トンネルを抜けると目的の街までもうすぐだ。

 トンネルの途中に県境がある。


 その日もトンネルに差し掛かる。

 電車が多少遅れても、職場に遅刻することはない。

 ちょうどトンネルの中ほど、県境を走っている頃だろうか、突然大きな衝撃に襲われた。

 しばらく、何が起きたのかは、分からなかった。

 照明の消えた暗い列車の中、スマホの灯りで確認したところ、車両が横倒しになっていた。


 僕は、よく無事だったと思う。


 乗客のほとんどが、ピクリともしない。

 不自然な方向へ手足が曲がっている人がいる。


 脱線事故だ。


 トンネル内の脱線事故。

 長雨で、トンネルが崩れたようだ。

 スマホは、誰にも繋がらない。

 助けを待つしかないだろう。

 灯りが、近づく。

 車掌さんが、声をかけてきた。

 彼は、無事だったらしく、外を確認してくると言って、出て行った。


 しばらくすると、戻ってきて、非常用の通路まで行こうと、提案してきた。

 外に出ると、事故の大きさを改めて実感させられた。

 事故の瞬間、電車の窓を突き破り、放り出された人もいたようだ。

 地面に上半身が埋まって亡くなっている。

 僕の前に立っていた人かもしれない。

 ズボンに見覚えがある。


 どうやらこの事故で、生き残っているのは、僕と車掌さんだけらしい。


 非常用通路の入口までは、そんなに距離が無かった。

 しかし、そのドアは、大量の土で埋まっている。

 僕は途方に暮れた。


「大丈夫です。土を移動します」


 いつの間にか、ツルハシやシャベルを持った車掌さんが、作業服に着換えていて、土を掘り出した。


「このトンネルの工事中ですが」


 車掌さんが、話し出した。


「このトンネルは、難工事でした。たくさんの作業員が、事故で亡くなりました。トンネルは霊的には閉鎖空間なのですよ。だから、今でもなかなか成仏出来ない魂が、残っていましてね。そんな魂たちは、困っているのですよ。このトンネルは霊的飽和状態で、誰か新しくここで死んでくれると、ひとりが押し出される様に成仏出来ます。事故は、私たちには、ありがたい事なのですよ」


 車掌さんは、何を言っているのだろう?


 その時、突然思い出した。

 あの、上半身が埋まっていた人のズボン。

 見覚えが、あったのは、僕のズボンだったからだ。


 あの時、ネットに投稿する予定の小説を書き終えたばかりだった。

 衝撃から自分自身を護るより、僕はスマホを庇ってしまった。


 スマホを握りしめ、何処にも掴まらなかった僕は、衝撃で吹き飛ばされ、窓を叩き割りながら外へ放り出された。


 僕は、この事故で、死んだ。


 気づくと、僕の姿は、血まみれに変わっていた。


「思い出しましたか?おかげさまで、トンネル工事の犠牲者である私は、あなたに押し出され、成仏できます。これから、どれだけの時間をトンネルで過ごされるか分かりませんが、出来るだけ早く成仏される事を祈っていますよ」


 そう言うと、車掌さんは、ゆっくりと消えていく。


「そうそう、先程調べてみましたが、このひどいトンネル事故。重症の方は、たくさんいますが、亡くなったのはあなた一人です。よほど運が悪いというか…。大丈夫です。残っている工事の仲間は、良い奴ばかりです。きっと楽しい死後を過ごせますよ」


 車掌さん。

 ではなく、トンネル工事の作業者の幽霊は、消えてしまった。


 3日もすると、僕を除く全員が、救出された。

 非常用通路は、頑丈に作られていて、無事だった。



 関西の私鉄は、優秀だ。

 悪天候にも負けず、

 事故もあまり起こさない。

 事故が起きても人命まで失われる事は、ほとんどない。


 僕は、いつ成仏出来るのだろう?


              終わり






    


 


 

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