ラッキー7⇔アンラッキー7

奈月沙耶

ラッキー7⇔アンラッキー7

 今日は七月七日。今夜の天気がやたらと取りざたされる七月七日。

 私もそう。だから雨傘を持って家を出た。

 傘を持っていないときに限って雨が降る、持っているときにはなぜか降らない。私はそういうタイプの人だから。

 別に乙姫と彦星を思いやったわけではない。自分がデートの予定でハッピーでるんるんだったから、長年使っているお気に入りのエスニックな花柄の長傘を持って家を出た。

 予報は「折り畳み傘を持っていれば安心でしょう」。私はしっかり長傘を持って出た。

 新品の肩回りがフリフリのブラウスとゆるひら膝丈スカートと、やっぱり新品のちょっぴりかかとの高いサンダルで。

 どう考えても雨天仕様でないファッションで。

 でもそんなの関係ねぇ。

 今日は嬉し恥ずかし加藤くんとの二回目のデートなのだから。


 あれは十三年前、どきどきそわそわ緊張感いっぱいだった小学校の入学式。

「となりの席です。よろしくね」

 かちんこちんになっていた私に声をかけてくれた、出席番号7番の加藤くん。

 ほんの数年前までオムツをしていたガキの集団の中で、彼は抜きんでて光り輝いていた。大人びた振る舞いと場を和ますかのような控えめな笑顔にノックダウンでくらくらだった。

 くらくらしながら目に焼き付けた、加藤くんの席の出席番号「7」の文字。

 それから私にとって7は特別な数字だ。一般的にラッキーだとされている数字だからじゃない。加藤くんのナンバーだから。

 大好き加藤くん。愛してます。


 けれど加藤くんと同じクラスだったのは小学校一年のこのときだけ。それ以降、中学でも加藤くんとは接点のないまま。

 柱の陰からこっそりうっとり加藤くんを見つめる日々を送ったのち、中学卒業で彼とは離れ離れになった。

 加藤くんロスに耐えきれずこっそりひっそり加藤くんが通う高校に覗きにいったりもした。友だちがいれば加藤くんの情報をもらったりできただろうけど、私はそういうのダメダメで。

 ひたすら加藤くんと会えたらいいなーって。ラッキーセブンを信じて7の付く日には加藤くんが出没しそうな場所をうろうろうろうろした。


 そんな私が勇気を出せたのは大学デビューしてから。お姉ちゃんがくれたファッション雑誌で勉強しておしゃれを頑張るようになった。

 すごい変わったねって以前からの友だちに口をそろえて言われて、そうなの私は変わったのって、思い切って加藤くんのおうちに電話した。


 快く呼び出しに応じて加藤くんは私と会ってくれた。

 緊張でこちこちになっていたのに、相変わらず雰囲気が良く、さわやかで、きらきら輝いているのに笑顔が控えめな加藤くんを目の前にして。

 積年の想いが堰を切って濁流となり、私は加藤くんに告白していた。

「ずっと好きでした。付き合ってください」


 そして七月七日の今日。加藤くんから返事をもらうため、午後七時、地下街7番出口近くのコーヒーショップで会う約束をしていた。

 これだけラッキーセブンで固めたのだから必ずや良い返事をもらえる。告白したときにはいい感じだったし。

 私の想いの丈に加藤くんは感極まって声を詰まらせ、ようやくのことで「返事はまた今度でいいかな」って心得た様子で言ってくれたもの。

 ずっとずっと好きだったもの。思っていたもの。十三年ごしに加藤くんをゲットだぜ。

 どきどきそわそわコーヒーを飲みながら待っていると。

 七時きっかりにメッセージアプリの着信音がした。

 加藤くんの名前と、ごめんと、ムリって文字があって……。

 どういう意味? 時間に遅れてくるとか?

 画面を開く。

〈ごめんムリ〉〈もう会わない〉〈君とは付き合えない〉〈重すぎて怖いよ〉〈そんなしょっちゅう俺のこと見に来てたの知らなかったし〉〈出席番号が7番とか俺だって覚えてないのに〉〈なんでもかんでも7ってなにそれ〉〈冷静になった方がいいよ〉〈俺のことは忘れて〉

 なんで?

 なんで? なんで? なんで?

 ラッキーセブンだよ? 良いことが起きるに決まってるんだよ?

 え、なんで私こんなメにあってるの?

 ラッキーセブン? 誰だよ、テキトーなこと言ったの!?

 禿げろ、カス。呪われろ。

 7なんて呪いの数字だ、呪いだ呪い。

 信じない、ラッキーセブンなんて信じない。


 コーヒーショップを飛び出して7番出口の階段を駆け上った。

 途端に響いてくる雨音。地上はどしゃ降りの雨。

 くそー、くそー。呪いの数字7め。

 だがしかし。私はちゃんと傘を持っている。雨なんて私には影響ない。むしろザマーミロ、乙姫と彦星。私は加藤くんに会いもしないでフラれたのに、おまえらばかり会わせてなるものか。

 ほくそえみながら傘を広げる。

 ……はずだったのに。来るときにはしっかり握っていた柄の感触がない。鞄は腕にかけ、手には何も持っていない。

 さっきのお店に忘れてきたのだ。

 でも大丈夫、お店はすぐそこ。取りに戻るのはわけもない。

 ……だったのだけど。椅子の背もたれにかけておいた紫色のエスニックな花柄の長傘は消えていた。

 お店の人に訊いても、わかりませんって。そんな、数分の間に持っていかれちゃったってこと?

 お気に入りの傘だったのに。使った次の日にはちゃんと干して錆びないようにして、大事に大事に使っていたのに。

 パクったヤツ呪われろ。滑って転んで頭打って禿げるがいい。


 泣きそうになりながら私はまた7番出口の階段を上った。その辺のお店で傘を買うとかって気力がなかった。

 庇の向こうでは大粒の雨がアスファルトの歩道の色を変えている。

 7は特別な数字だから特別なことが起きると信じていた。私の特別は加藤くんで、加藤くんを失った私には7は特別な数字じゃなく、むしろアンラッキーセブンだ。

 こだわりすぎたのがいけなかったのかな? 7を信じて7にがんじがらめになっていたのなら、信じすぎるのは呪いと同じ? 私がいけなかったの?

 目が熱くなるのをこらえられない。涙がこぼれそう。

 そのとき。

「高木さんだよね?」

 後ろから声をかけられた。

「え……」

「オレのことわかんないか。パンキョーの講義ほとんどかぶってて、オレの方は高木さんのことよく見てるんだけど」

「あ、え……」

「傘ないの? よかったら入ってく? 送るよ」

 ほわほわと肩の力が抜けていくような癒しの笑顔のそのひとは、ビニール傘を開いて私を手招きした。

 ありがとう、ラッキーセブン。私はやっぱり7を信じる。七月七日の奇跡を。

 恋する心は裏表。だからときには呪っちゃっても許してね☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラッキー7⇔アンラッキー7 奈月沙耶 @chibi915

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ