第23話 人と精霊

 パーティの後から静かな日常がまた訪れる。


 余計な縁談の話は来なくなって、穏やかに日々を過ごす内にアスラベルクなど歩き出すくらいになった。


 お茶会や夜会の誘いは来るものの、体調を崩したという事でまたしばらくは断るようジョセフが手配をする。


 フラウラーゼはまったりと屋敷で過ごせる事が出来て、安堵していた。


「パーティはもう行きたくないわね」


 デイズファイをまた皆の前に連れて行く不安もあるが、どうにも碌な思い出がない事が要因だ。


 参加した事など数えるくらいしかないのに、皆の前で婚約解消を告げられたり、デイズファイを連れて行ったことで注目の的になったりと、疲れてしまうとだけしか記憶にない。


 それにこの前の参加では従兄弟の夫婦関係も壊してしまったようだし。


「あれはフラウラーゼが悪いわけではない。あの女の心根が悪かった、それだけだ」


 デイズファイがそう慰めてくれるが、フラウラーゼにはそう思えない。


 あの日のやり取りのせいで、エーヴェルは自分の妻が差別的感情を持っていたことを知り、ショックを受けたようだ。


「フラウラーゼの事をそんな風に思っていたなんて……君はもっと優しい人だと思っていたよ」


 釣書なども善意から用意しているのだと本当に思っていたようだ。


 言動が引っかかり、それをきっかけに色々と問い詰めたらそうではないと知り、幻滅したらしい。


「新たな侯爵となる為の懸け橋になれば、お礼をすると言われたの」


 どうやらフラウラーゼをダシに私腹を肥やそうとしていたそうだ。


 剰えデイズファイの美貌に引かれ、あわよくば奪い取ろうとも思っていたらしい。


「あんな女があのような美しい男性と一緒になるなんて、侯爵家の後ろ盾があるからでしょう? 私があの人に気に入られれば、侯爵家だって目を覚ますはずよ。フラウラーゼ様は大事にすべき人ではないと。人脈もある私の方が有能でだし、あなたに対しての扱いももっと良くなるはずだわ」


 最終的にはそんな妄言を吐かれ、エーヴェルはもう妻とのこれからを思い描く事が出来なくなっていったそうだ。


「エーヴェルに申し訳ないわ……」


 直接謝りたいけれど、そう言うわけにはいかない。


 この話はエーヴェルから聞いたものではないからだ。


 彼の屋敷にいる精霊達を通じて、この話は聞かされたのである。


(近々エーヴェルがお祖父様に直接話をしに来るようだし、それまでは知らない振りをした方がいいわね)


 もしもエーヴェルがフラウラーゼを詰るのならば、甘んじて受け入れようと思う。


 自分が原因で離婚話になってしまったのだから。


「あまり気に病むな」


 デイズファイはそう言うとフラウラーゼに体を寄せる。


「今回この話をしたのはあのような女もいる、いくら身内になったとはいえ人を不用意に信用するなと伝えたかっただけだ。何でもかんでも自分のせいだと思う事はない」


「ありがとう……」


 こうしたところで感性の違いを感じるが、デイズファイ自体もあまり人を信用していないのがわかる。


(常に色々な人の情報を知ることが出来るのも、いい事ばかりではないわよね)


 人の裏も表もすぐに見られるのは、便利なようで不便だろう。


 見たくないところまで見えてしまうから。


(デイズファイが何も言わなかったら、私、ジェレミー様の事を信頼していたわ)


 エーヴェルが選んだ伴侶という事で、少なからず信じてはいた。


 少々お節介ではあるし、言葉は言い過ぎてしまうようだったが、きっと根は良い人なのだろうと。


「見える部分に違和感があるのに、根だけは良い人なんてそうそういないものだ。勿論全ての者がではないし、逆もあるがな」


 そんな風にデイズファイに言われ、フラウラーゼはキョトンとしつつも納得する。


 良くも悪くも見た目と中身は一致しないのだと言いたいのだろう。


「精霊達もそうなの?」


「人よりはマシだ、と言いたいがそうでもない。やはり一定数であるが、碌でもない者達もいるのが現状だ」


 時折そういう者達と話し合いをし、時には争う事もあるそうだ。


「どこの世界も大変なのね」


 将来アスラベルクはデイズファイの後を継ぐだろう、いつかそのような者達を相手にするのだろうか。


 まだまだ先の話なのに、心配になってしまう。


「生きるという事はそういうものだからな。まぁ我がいれば大半の事は大丈夫だから、安心するがいい」


 そう言って強く抱きしめられれば何も言えなくなってしまう。


「デイズはわたくしを甘やかしてばかりよね……もっと厳しくしていいのよ」


「愛するものを甘やかすのは普通の事であろう。人間はそうではないのか?」


「甘やかしすぎると何も出来ない人になってしまうわ。精霊はそうではないの?」


「力が弱ければ問題あるが、そうでなければ別に構わない。何も出来なければ体を維持できなくなり消えるだけだしな」


 さらりと言うが、どうやら精霊も生き抜いていくのはなかなか過酷らしい。


「消えるって言うのは、死ぬのとは違うという事?」


「似たようなものだ。消えてしまった精霊は、また誰かが生まれる為の力になる。そうして戻って来た者の中には、以前の記憶を残す者もいれば、残らない者もいる。強い者程、容姿も記憶も受け継いでいく」


 生まれ変わりのようなものだろうか。


「強い力を持つ者はずっと生きているって事になるの?」


「概ねそうなるが、しかし全ての記憶を受け継ぐわけではない。霧散した後、必要な記憶を持って再び生き返るようなものだ」


「じゃあ、こうして過ごしている記憶もあなは全てが覚えているのね。わたくしは人間だからあなたよりも先に死んでしまう、記憶もなくしてしまうだろうから、申し訳ないわ……寂しい思いをさせてしまうのね」


 フラウラーゼは確実にデイズファイよりも早くこの世を去るだろうし、きっと生まれ変わっても覚えてはいられないだろう。


 寂しいけれど、自然の摂理には逆らえない。


「ずっと覚えている。だが寂しいとは思わない。たとえフラウが忘れたとしても、我が覚えているからまた会った時に思い出させるさ」


 何でもないような事を言ってくれるが長命種による余裕であろうか。


「何十年、何百年後でもフラウと過ごした記憶は忘れないさ」


「何十年、その頃わたくしはお婆ちゃんね。可愛らしく年を取りたいわ」


 ふふふっと笑うフラウラーゼの額に、デイズファイはキスをする。


「フラウは幾つになってもきっと可愛らしく、そして美しいままだ。我が保証する」


 大事に大事に、壊さないようにと優しく包まれる。


「ずっと一緒だ」


 その言葉に嬉しくはあるものの現実は残酷だ。


「でも、わたくしばかりが年を取り、デイズは美しいままなのよね……誰か新たな恋人が出来るのではないの?」


 その不安は付きまとう。そんな事はないと昔言われたが、アスラベルクが大きくなればなる程、フラウラーゼは老いていく。


 その時に耐えられるか、少し自信がない。


「愛しい人がいるのに作るわけがないだろう。心配ならば、我もフラウと共に逝こうか?」


 余りにも軽い調子で言う為に、フラウラーゼは思わず頷きそうになるが、堪える。


「それは駄目よ。わたくしのせいで王様がいなくなっては皆が困るでしょ。それにアスラベルクだって見守って欲しいわ」


「冗談だ。そのような事は絶対にしない」


 そうは言いつつもデイズファイの目は真剣であるから、フラウラーゼは心配になってしまう。


(そんな事はしないはず……よね)


 時にデイズファイは突拍子もない事をしてしまう為に油断ならない。


 どうしてこんな特色もない自分の為にそこまでしようとするのか分からないが、迂闊な事を言ってはいけない事をつい忘れてしまう。


 この墓穴を掘ってしまう癖を何とかしないと。


(気持ちは嬉しいけどね)


 驚きと、そして自分をそこまで思ってくれる嬉しさでなのか、胸はドキドキと高鳴っている。


 今はこうして一緒に居る幸せを噛み締めて行こう。


 フラウラーゼは改めて自分が愛されている事、そして恵まれていることを実感する。


 これからはこの貰った幸福をもっと大事にし、そして自分もまたデイズファイに返していく事を誓い直した。


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無自覚令嬢はいつの間にか精霊王に気に入られ、妻に認定され溺愛されました しろねこ。 @sironeko0704

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