数字おみくじ
杉野みくや
おみくじの結果は如何に
日曜日の昼下がり。私は職場の同僚と一緒にとある神社を訪れていた。巷で話題の『数字おみくじ』を引くためだ。
数字おみくじには0から9までのいずれかの数字が色付きで書かれており、それを巫女さんに見せることで今後の運勢を占ってもらうのだ。これがよく当たると評判を呼び、全国から多くの人が足を運んでいる注目のスポットなのだ。
2時間にも及ぶ長蛇の列に並び、ようやくおみくじを購入できた。木陰に入り、私たちは順番に中を開いてみることにした。
「黄色の3か〜。これは占いを聞いてみないと分からないな。そっちは?」
「青色の7だ!これ、めっちゃくちゃ良いやつじゃなかったっけ!?」
同僚は皆、自分のおみくじに書かれている数字を見て多種多様な反応を見せた。私の番になり、ウキウキしながら二つ折りにされたおみくじを開いてみる。何が書いてあるかな〜。
「……何、これ?」
「上下逆さまになってる、赤い7?」
「こんなのあるって、知ってた?」
同僚はそろって横を首に振る。私たちはとりあえず、占い結果を聞きに本堂に行くことにした。
これまた長蛇の列に並ばされ、ようやく番が回ってきた時には空が黄金色に染まっていた。待っている間に『上下逆さまの赤い7』について調べてみたが、めぼしい情報は見当たらなかった。
先に結果を診てもらった同僚の番が終わり、いよいよ私の番が回ってくる。そわそわしながら私は巫女さんの前に座った。噂には聞いていたが、改めて前にすると見とれてしまうほど綺麗な巫女さんだった。不思議とドキドキしながら自分のおみくじを渡した。
彼女はそれを見ると表情が一変し、文字通り絶句した。まるでありえないものを見てしまったかのような表情をするもんだから、私の中で不安の気持ちが急速に膨らんでくる。
やがて彼女は神妙な面持ちを取り、静かに口を開いた。
「……落ち着いて聞いてください。これは『深紅の逆七』、通称『アンラッキー7』と呼ばれるものです。明日からの7日間、あなたには大小さまざまな不運が襲いかかってきます。くれぐれも、用心してください」
次の日、朝からさっそく不幸が降り掛かってきた。乗っている電車が人身事故でストップし、会社に大幅に遅刻してしまったのだ。しかも、急いで来る途中に鳩のフンが顔面を直撃した。この後も、チームメンバーが大きなしくじりをしでかしたり、パソコンが急に動かなくなったりと散々な目にあった。
「なんか、大変そうだったね」
帰りの駅へと向かう中、『青色の7』を出した同僚がそっと同情を示した。他人事のように聞こえるかもしれないが、これが彼女なりの気遣いだと分かっていた。なので、グチグチ言いながらもその心をありがたく受け取って帰路についた。
翌日も、そのまた翌日も、不幸が尽きることはなかった。まず、先述のやらかしの件で相手先からの信頼を失い、大規模プロジェクトが白紙に戻った。さらに、それが経済ニュースになると、株主やお得意先からの問い合わせの電話がひっきりなしに鳴った。さらにさらに、突然の雷雨で社内が停電してしまい、職場は大混乱に陥った。
プライベートでも不幸は止むことを知らなかった。鳩のフンを顔面にくらうのはもはや日常茶飯事となり、うかつに外を歩くことができなくなった。大きいものだと、クレジットカードは不正利用されるし、前々から楽しみにしていた映画は機器系統のトラブルで上映中止になってしまった。極めつけには、お祓いを頼もうとした近所の神社が火事で全焼してしまうということもあった。
他にも、数え上げるとキリがないほど多くの不幸に襲われた。ついに耐えられなくなり、私は会社を休んで数字おみくじを引いた神社へと直行した。顔面に付いたフンをティッシュで拭いながら、私は巫女さんに今までのことを洗いざらい話した。
「——それで、周りまで不幸に巻き込んでしまっているのが、本当に耐えられなくて、どうしたら良いですか?」
「そうですね……。話を聞く限り、やはり疫病神に取り憑かれてる気がしますね」
「疫病神、ですか」
「はい。しかも、お祓いでは離れてくれないタイプだと思われます」
お祓いが効かない。私には耐えることしかできないのか……!
私の絶望する顔を見ると、巫女さんは目の前に拳ふたつ分ほどの黒い壺を置き、私の方を上目遣いでじっと見つめた。その目にはどこか妖艶さを感じさせるものがあった。
「こちらを肌身離さず持ち歩いていてください。この壺が疫病神の邪気を吸収し、あなたを厄災から守ってくださいます」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。ただ、誠に申し上げにくいのですが、こちらは別途代金を頂戴することになっております。それでもよろしいでしょうか?」
タダでもらうわけには行かないのか。だが、この不幸の連鎖から逃れられるのであれば、万々歳だ。
私は大きく頷き、財布を取り出した。
「すみません、ありがとうございます。それでは、77万円を頂戴いたします」
「へっ?」
な、77万?
財布に伸ばした手が固まる。決して気軽に出せる金額ではない。数ヶ月分の給料が吹き飛ぶことになる。さまざまな葛藤が頭の中を逡巡したが、結論を出すまでにはそう時間はかからなかった。
「クレジットカード、使えますか?」
私は壺の入った箱をカバンに入れ、鼻歌交じりに境内の階段を下っていった。これで疫病神とはおさらば、不幸ともおさらばだ。
鳥居をくぐり、交差点に出る。今日の晩御飯はご馳走にしよう。何を食べようかとあれこれ考えているうちに、信号が青に変わった。
ルンルン気分で一歩を踏み出したその時、頬に何かがびちゃっと飛んできた。おそるおそるティッシュで拭う。そこには、まごうことなきウンがついていた。
数字おみくじ 杉野みくや @yakumi_maru
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