杏とラッキーの7日間

杜村

7日の後に

 あんは困っていた。目の前の生き物が何かをしきりに訴えている気がしたが、言葉がわからないからだ。

「ごめんね、ラッキー。どうして欲しいの? どうしてあげたら、喜んでくれるのかなあ」

 首を傾げてじっと見つめていると、ラッキーはおとなしくなった。


「おい、杏。騒がしかったが、大丈夫か?」

「あ、父さん。大丈夫だよ」

「ラッキーの世話をしていたのか。しっかり頼むぞ」

「うん。父さんがまかせてくれたんだもん、がんばる!」


 どんなものを食べるのか、入れ物はどういった形だと食べやすいのか。杏にはわからないことだらけだった。

 いろいろ試して、甘い果物が好みらしいことがわかった。

 果物を採りに行くついでに、散歩もさせる。ラッキーに合わせてゆっくり歩いてやらなくてはならないが、楽しかった。ラッキーは小さいから、杏がいつも歩くような岩場は避けなければならない。杏には一歩で登れる岩でも、ラッキーはよじ登らないといけないから。

 幸い、毎日天気が良くて、森の手前の草原で思う存分駆け回らせることができた。


「森を向こうに抜けたら駄目だぞ。あいつらはいくら弱くても、集団でかかって来るからな。杏はまだ子どもなんだから」

「うん、わかってるよ。父さん」


 ラッキーがやって来てから7日後。

 その日は杏の〈着剣の儀〉、戦いの稽古を始めることを許される祝いの日だった。


「杏よ。今日からしっかり励めよ」

「はい、父さん」

「この日のために、そいつにラッキーという縁起の良い名をつけたんだ。しっかり食べて大きくなれよ」


 豪快に笑う父の前で杏は、朝まで元気に動いていたラッキーの変わり果てた姿を見つめた。こんがりとローストされて、香草と一緒に皿に載せられた姿を。


「ずっと、家で飼っていいんだと思った……」

「何を言うか。あ、いや、子どもにはよくあることだな。世話をすれば情がわく。でもなあ、杏よ。わしらは、こうやって肉を食べて生きているんだ。うまいぞ。さあ、食え」


 杏、6歳の春。

 鬼の子である彼は、自分の手で太らせたニンゲンのローストを、涙をこぼしながら食べた。

 


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杏とラッキーの7日間 杜村 @koe-da

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