7匹の黒猫

押見五六三

全1話

会社を出てすぐに目が合った。

又、真っ黒な猫だ。

道路の隅で、こちらを睨みながら座っている。

朝から数えて、これで5匹目だ。

ヤバい。どうしよう。

あと2匹、絶対に見ないようにしないと。


『黒猫が横切ると不吉の前兆』という迷信があるけど、これに近い迷信が私の田舎に有って、お婆ちゃんは『1日に黒猫を7匹見ると何かが起こる』と言っていた。

『何か』の正体は分からないが、子供の頃に聞かされた私は怖くて黒猫を見るたびにドキドキしていたのを覚えている。

最近その迷信の事を忘れていたが、今朝、マンションを出た時に母猫と2匹の仔猫を見掛けて思い出した。

3匹とも黒猫だったが仕草が可愛らしく、私は落ち込んでいたので、それを見てほっこりした。

しかし、駅に着いた時に又黒猫を見た時はゾッとした。

その猫はかなり太っていて、明らかにマンション前に居た3匹とは違う。

そして今、会社が終わって帰ろうとする私の前に現れたこの猫も、尻尾の形が違うから別の黒猫だ。

私は不安に成って彼氏に電話しようとしたが、手を止めた。

そうだった……彼とは喧嘩中だった。

私達は暫く距離を置くため連絡を断っている。

もう、1ヶ月会っていない。

このまま終わってしまうんだろうか?

私が年下の彼に結婚を迫りすぎた為だろうか……。


考え事をしながら歩いていると、又黒猫に出会った。

6匹目だ。

目の上にキズがある黒猫がコチラを見ている。

爪の先まで真っ黒な猫だ。

その不気味な猫が、こちらに近づき「ニャー」と短く鳴いた。

まるで私の事を嘲笑っているかのように思えた。

良く無い事の前兆?

まさか……まさか黒猫を1日に7匹見て起こる事は、人生最大の不幸?

そうだ!今の私にとって最大の不幸は、彼との破局だ!


私は急いで電車に乗り、家路に向かった。

電車の中では目を瞑り、外の景色をいっさい見ないようにした。

次に黒猫を見たら7匹目だ。

必ず不幸が訪れる。

絶対に嫌だ。

彼と別れるなんて!


電車を降りるとマンションまで走った。

黒猫と出会でくわさないように、いつもと違う大通りを選んだ。

人通りが少ない路地だと、黒猫に出会う確率が上がる。

私は祈りながら、何とかマンションの自分の部屋に辿り着いた。

けど、まだ安心できない。

深夜0時まではテレビや本、ネットなどを見ない。

黒猫が出て来るかもしれないからだ。

私は彼と結婚するんだ。

こんな事で……黒猫が運んで来る不幸なんかで破局なんかするもんか!

そう思った瞬間、ピンポーンという音が鳴る。

私は彼だと思い、インターホンに出た。


「お荷物お持ちしました」


彼じゃ無かった。宅配だ。

私は心当たりが無かったが、差出人が彼だと聞き、慌てて荷物を取りにエントランスに向かった。

だが、それが失敗だった。

もっと考えて行動するべきだった……。

配達の人を見て私は愕然とした。


「どうしました?」

「いえ……」


居たのだ……。

配達員さんの胸元に……。

黒猫のマークが……。


そうか……この荷物は彼の部屋に置いてた私の私物だ。きっとそうだ。

別れて欲しいからと、送り返したんだ。


私は荷物を受け取ると絶望感に包まれたまま、力無く歩き、自分の部屋に戻る。

荷物を机上に置くと、泣きながら開けだした。

涙が……透明の液体が箱に落ちる。

私は思い出の品を全て捨てるつもりだった。

部屋に置いてたら胸の苦しみが消えないと思ったから。

だけど中に入っていた物は予想と違う物だった。


「え?何これ?」


中には結婚式場やウエディングドレスのパンフレットと、『好きなの選んで』という文字が……。

私の涙袋から更に透明の液体が込み上げてきた。

勿論、次の涙は嬉しさからだ。


「そっか……黒猫さんが起こす『何か』って……」


遠くで仔猫の鳴く声が聞こえた気がした。

それを聞いた私はスマホを手にした。

彼に結婚したら黒猫を飼いたいと言うつもりだ。


※西洋では黒猫は不吉のイメージですが、日本では昔から黒猫は幸福を運んで来る福猫とされています。諸説有りますが『黒猫が横切ると不吉の前兆』は、黒猫が逃げて行くと不幸の始まりという意味で、黒猫が側に居る方が幸せに成るそうです。夏目漱石が文豪に成れたのも、家に迷い込んだ黒猫を飼ったからだそうです。


〈おしまい〉



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