第5話 あぁ疲れた

ハマが薫の態度に狼狽していると、塾の入口が開いて、女性が立っていた。


「すいません」

入ってくるなり、ハマに頭を下げる女性、どうやら薫の母親のようだ。


「薫、先生にちゃんと挨拶したの?」

薫は黙ったまま反応しない。

「先生、すいません」

薫の母は再び謝って話し続ける。


「この子ときたら、普段はやかましいのに、勉強になるとこんな調子で」

一瞬、呆気にとられていたハマは、ようやく話し始めた。


「いえいえ、お母さん、中学生は誰でもこういうところがありますよ」

ハマは取り繕うように話し続けた。

「それに、私の方こそ初めての授業で緊張しています」


薫の母は喋り過ぎたと思ったのか、愛想笑いをして話題を薫の学力に変えた。

「この子は中学1年生までは、平均点くらいは取れたのに、2年生になったら、もう0点に近い点ばっかりで」


申し訳なさそうに話す薫の母に、ハマは笑顔で応える。

「伺っております。2年生の数学と英語の補習ですよね。私も至らないところがあると思いますが、全力を尽くしますのでよろしくお願いします」


ハマの自信のありそうな様子に安心したのか、薫の母も笑顔になり、

「ありがとうございます。どうかよろしくお願い致します」

と会釈をして、帰っていった。


薫の母を見送ったハマは、気を取り直して薫に顔を向けた。

「薫君、今から英語の復習をするから、筆箱を出して」

昨日、徹夜して作った英語のプリントを薫に渡しながら、笑顔で話しかけた。


「ない」

無表情でボソっと答える薫に、ハマは戸惑う。

「(勉強に来てるのに、筆記用具も持ってこないなんて)」


気にしてないように再び笑顔をつくり、ハマは話し続けた

「薫君、今日は私のシャープペンを貸すから、次はもってきてね」

薫は下を向いたまま、軽く会釈するだけだ。


ハマは怒りをこらえて指示を出す。

「このプリントはほとんどが1年生の内容だから、やってみよう」


薫はうなずいてプリントに取り組む。約30分後、薫はどうやら終わったようだった。このプリントをしている間、ハマには気になることがあった。


プリント自体はそこそこできていて、8割はできていそうだ。問題は姿勢と文字だ。


薫は机に頬杖をついて、だらんとしてプリントをしていた。学校だったら、教師に怒鳴られるような態度だった。


更に、その字のひどさに呆れた。最初、筆記体で書いているのかと思ったくらい、グニャグニャした文字なのだ。はっきり言って、採点するのに一苦労しそうだ。


ハマはもう投げ出したいと思う気持ちを抑え、採点を始めた。解読が難しい文字をなんとか読み取り、全ての採点を終えると、85点。1年生の英語はかなり理解しているようだ。


「薫君、すごいじゃない。1年生の内容はよくわかってるよ」

ハマは薫を精一杯ほめたが、薫は相変わらずうなずくだけだった。


そうこうしてるうちに、終了時間になった。薫は無言で立ち上がり、そのまま塾の入口に向かった。

「薫君、さようなら、明後日は数学だよ」


薫は振り向いてうなずくと、塾をあとにした。

ハマは薫を見送ったあと、椅子にもたれかかって天井をぼんやり眺めた。


「あぁ、疲れた・・・」

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