『7』のジンクス

香久乃このみ

避けたい数字

 俺――高橋祐也には、昔から妙なジンクスがある。

「7」に関わると、良くないことがこの身に降りかかるのだ。

 プラモ購入の際、整理券番号が7だった時は、せっかく買ったプラモを帰りに落して割ってしまった。

 マラソン大会7位の時は、お年玉を丸ごと入れた財布を無くした。

 テストの成績が学年で7位というめざましい結果だった時は、祝いの外食で食中毒になり入院する羽目に。

 とにかく、ろくな目に遭わない。

 それ以降、マラソン大会は本気を出さないことに決めた。ただし、後ろから7番にならないようにだけは気を付けている。

 だが受験生である俺が、進学に影響する学力テストで手を抜くわけにはいかない。さすがに学年7位はよほど頑張らなければ取れない成績だが、教科ごとのクラス順位が7位になってしまうことはたびたびあった。そしてそのたびに、靴底が突然剥がれたり、自転車の鍵を無くしたりしたのだ。


(うげ)

 この日は席替えのクジが7番だった。

 ウチのクラスは、黒板に書いた席順図に教師がランダムに数字を入れていくスタイルだ。

 今回の7番は窓際の一番後ろ、皆が羨む快適な席である。

 その上、隣は男子の間で一番人気の女子、幸田沙耶だった。かくいう俺も彼女には、密かに甘い想いを抱いている。

 だが。

「誰か席変わってくれ~」

 背に腹は代えられない。俺は7と書かれた紙片を高く掲げ、ヒラヒラと振った。数字と席順表と隣の席を確認したクラスメイトが、「交換してくれ!」と、わっと押し寄せる。

 結果、俺は人の圧で転倒し、足をひねった。クジを引いた時点で、運命は決まっていたようだ。


「高橋君、足、大丈夫?」

 翌日、捻挫した足にテーピングをして登校した俺に、幸田沙耶が話しかけてきた。

「う、うん、大丈夫」

「びっくりしたよ、あんなことになるんだもん」

「はは……」

 何気ない会話を交わしているように見えるだろうが、心臓は爆発寸前だ。目もまともに合わせられない。

「ねぇ、どうして席変わっちゃったの?」

 幸田さんの言葉に俺は顔を上げる。彼女はうっすらと頬を染め、視線がぶつかると慌てたように横を向いた。

「ううん、別にいいんだけど。トレードは高橋君の自由だし。でも、隣の席になりそうだったのに、別の人に変わっちゃったから、なんでかなぁ、って思って。ほんと、純粋に疑問だっただけ。深い意味はなくて」

 瞳を潤ませ早口でまくし立てる姿に、「もしや」の思いと期待が湧きあがる。

「えっと、黒板が見えづらかったから、だけど」

「あ、そっか。それだけなんだ」

 幸田さんはぱっと目を輝かせ、にっこりと笑った。

「……良かった」

(ひょっとして幸田さん、俺と隣の席になりたかった? てこと?)

 顔にじわりと熱が広がるのを感じ、手の甲でこすって誤魔化した。

「ねぇ、高橋君」

「っ! な、何?」

「志望校、同じなんだよね、私たち」

「そ、そうだね」

「頑張って、一緒に受かろうね!」

(幸田さん……)

 その日は頭の中がフワフワして、半日は勉強が手につかなかった。

 だが、午後には彼女の言葉を思い出す。彼女と一緒の高校生活を迎えるべく、俺は受験勉強に集中しようと決意した。


 春――。

 俺と幸田さんは二人揃って、めでたく志望校に合格した。

「やったね!」

 手続きの日、幸田さんは俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「これで一緒の高校だね」

「う、うん」

 天にも昇る心持ちとはこのことを言うだろう。サクラサクの言葉を、俺は噛みしめる。

「ねぇ、高橋君」

「何?」

「手続きが終わったら、帰りにマックに寄って帰らない? ちょっと、話したいことがあって」

「うん」

 志望校に合格、それと同時に可愛い彼女? バラ色の高校生活を想像しながら、俺たちは受付へと向かった。

「幸田さん、お先にどうぞ」

「うん」

 はにかむと、幸田さんは受付の人に受験票を差し出して言った。

「七瀬沙耶です」

(えっ?)

『幸田』じゃない?

「はい、七瀬沙耶さんね」

 チェックを終えた後、俺は彼女に問いかける。

「えっと、『七瀬』って?」

「ママが再婚して苗字が変わったの。本当は中学の時にはもう七瀬だったんだけど、みんなにあれこれ言われるの嫌だから、変更は高校からにしようって」

「そう、なんだ……」

 七瀬……『7』……。

 俺にとっての因縁の数字が、脳内を埋め尽くす。

(『7』……)

 彼女が帰りに話したいことって、なんだろう。

 俺はどう反応すればいいのだろう……。


 ――完――

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『7』のジンクス 香久乃このみ @kakunoko

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