歴史の裏に隠れた偉大なる野球人

タカテン

第5回:トマト・ケチャップマン

 アメリカはオハオハ州デルモンテ。

 この田舎町のほぼ中央に位置する古き良きボールパーク・ドバドバスタジアム、言わずと知れたMLBの名門デルモンテ・ドバドバズのホームグラウンドである。

 そのスタジアムに寄りそうにように建てられた記念館に彼――トマト・ケチャップマンの背番号が飾られている。

 

 トマト・ケチャップマン、彼の名前は知っていても、実際のプレイを見た人はあまりいないだろう。

 が、今回、我々は幸運にも彼の現役時代を知っているという数名の人物にインタビューすることが出来た。

 

「ケチャップマンか、よく覚えているよ。とても優秀な選手だった。が、自打球を当てることがとても多くてね。私が覚えているのは自打球を弁慶の泣き所に当てて、のたうち回る姿ばかりだよ」


「ケチャップマン、懐かしい名前ねぇ。私が見たのは彼がまだメジャーに上がった頃のことよ。ベンチで頬いっぱいのヒマワリの種を頬張っていた彼に、仲間の打った強烈なファールボールが直撃したの。しかも一回表の攻撃中だったから、その日の彼は結局プレイすることなく病院へ送られたわ」


「ケチャップマンのことを知りたいなら俺になんでも聞いてくれ。なんだって奴はうちの常連だったからな。ホームで試合があった日はよくここで飲んでいたものさ。おっとだからって勘違いしちゃダメだぜ、試合が終わって飲みに来るんじゃない。奴は試合中からここで飲んでいたんだ。なんでも球場にいたらファールボールやらすっぽ抜けたバットやら観客が怒って投げ入れた卵やらが、ことごとく自分のところに飛んでくるらしいからな。ベンチ裏でも三振に怒り狂ってぶん回す仲間のバットが運悪く当たっちまうらしいぜ。だから監督から呼ばれるまでここで待機していたのさ。なんせここはスタジアムまで車で5分もかからない、おまけに美味い酒も飲める、まさに代打で出るにはうってつけの待機場所だからな。まぁもっともいざ呼ばれて気合入れて出て行くも、ほとんどが道中にポリスへ呼び止められ、酒気帯び運転で罰金をくらいまくってたらしいがね」


 どれもこれも当時のケチャップマンがどのような人物かを物語る、貴重な証言ばかりである。

 そう、彼は実に不幸な人物であった。もしこの世の運の総量が決まっているとして、幸運と不運が釣り合うようになっているとしたら、彼は不運をその身に負い続ける人生だったのかもしれない。


 だが、それ故に彼は有名人に、そして地元の英雄となった。


 あの日、アメリカの片田舎にある貧乏球団デルモンテ・ドバドバズが奇跡的に初めてワールドシリーズへと駒を進め、これまた運よく三勝三敗で迎えたあの運命の一戦。

 ここまで驚異の快進撃を続けてきたドバドバズもとうとう奇跡の種が切れたと見えて、9回を迎えて0-100という圧倒的な逆境に立たされていた。

 バッターボックスには代打の切り札ケチャップマン。ツーアウト、ノーボール、ツーストライク。勝負を決める一球がピッチャーの手を離れ、ケチャップマンが辛うじてそのボールをバットに当てたものの、運悪く自打球が自分の膝に当たろうとしたその時だ。

 

「やめなさーい!」


 球場に突如として謎の巨大ロボットが現れ、ケチャップマンはその振り下ろされた右手に踏みつぶされてしまった!!

 

 今もなおMLBの歴史に語り継がれるこの大事件、だが皆さんも知っての通り、この事件の背景にはアメリカ合衆国最大の危機が隠されていた。

 幾つもの偶然が重なった結果、ケチャップマンが次に自打球を当てた時、全米にある核ミサイルが一斉に自爆するプログラムが発動していたのだ。

 

 もしあの時、少女の乗った巨大ロボットが現れず、ケチャップマンが自打球を喰らっていたら、おそらく今のアメリカ合衆国はないであろう。

 また、同時にデルモンテ・ドバドバズの歴史的快挙もまた、あのままでは果たされなかったに違いない。


 そう、この大事件によって球場は大混乱となり試合はもちろん無効試合となって中止、そして一週間後に迎えた再試合にデルモンテ・ドバドバズは快勝し、球団初にして唯一のワールドチャンピオンに輝いたのだ!

 

 その優勝セレモニーの中でベンチに飾られたケチャップマンの背番号7のユニフォームが真っ先に胴上げされ、永久欠番となって記念館に飾られるという発表はMLBの歴史の中でもひときわ美しい瞬間のひとつと言えるだろう。

 

 トマト・ケチャップマン、通称アンラッキー7、その名は野球ファンのみならずアメリカ人の記憶にこれからもずっと生き続ける――。

 

 

 

 いかがだったでしょうか、今回の『歴史の裏に隠れた偉大なる野球人』は?

突然の展開に驚いた方も多かったことでしょう。ですがこれが歴史と言うもの、いつだって運命の瞬間は唐突訪れるものなのです。


 さて次回の『歴史の裏に隠れた偉大なる野球人』はサッカー人気に押されてプレイ人口が減少、地上波から野球の放送が無くなる中でも毎日友人を野球に誘い続けた日本の野球フリークス・ミスターナカジマをご紹介します。おたのしみに。

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