なあななに

Planet_Rana

★なあななに


 深窓の令嬢とか秀才とか言われているけれど、その周囲に人は集らない。

 そういう人に、惹かれてしまった俺である。


「なあ」

「なぁに」

「昼時で悪いんだけどさ。アンタはどんな時に不幸を感じる?」


 箱牛乳に突っ込んだストローを噛み潰し、呆れた様子で総菜パンに手を伸ばす。

 グラウンドの打ち上げと共に窓まですっとんできたソフトボールをひらりと躱せば、室内扉の窓がぶち抜かれた。


 廊下で跳ねるソフトボールの音。目撃したらしい生徒が慌てて教員を呼びに行ったらしい。


「不幸、ねぇ。今みたいなものもそう言う?」

「……実害はなかったけど、言い訳の余地なく俺らのせいにされるだろうって言う点においては、そうだな……」

「そっか。それじゃ、移動しよ」


 そう言って彼女はリュックサックの肩紐を掴んで持ち上げ、齧りかけの総菜パンと箱牛乳を持ったまま教室を出る。俺は慌てて所持品をかき集め横に抱えた。後を追えば、先ほど座っていた位置に狙いを見誤ったらしい投擲槍が突き刺さった。


「うっわ、いつにもまして今日は酷いな? 朝から無傷なのが不思議なくらいだ」

「今日は七がつく日だからね。毎月二日か三日はこうだし、七月はずっとこうだよ」

「特売の日みたいな言い方するなよ認識がバグる」

「はぁ、さっきのボールと槍にしたって人が思うに不幸なのかもしれないけど、今のところ私も私の周囲の生き物も実害を被ったことはないからねぇ。呑気にもなるさ」


 そんなことを言って、欠伸をする。歩きながら食べていた総菜パンの中身が塊になって落ちかけて、慌てて口に入れた。咀嚼の内にも通りがかった窓にバードストライクが起きて、続けざまに小粒サイズの隕石が目の前に落ちた。


 クレーターが開いた廊下の床に、煙を立てながらコメ粒ほどの石が転がっている。


 箱牛乳の中身が尽きたのか、同時にパンを食べ終えて指を舐めた音がする。


「好きな物を買って飾っても、こうやって壊れることが多いのは考え物だとは思うよ」

「学校が飾り扱いなのかよ」

「私、入学からずっと保健室登校で授業受けたことないけど、学年主席を譲ったことは無いよ」

「そんなに頭いいなら進学校選べばよかったんじゃねーの」

「高い学費を集めて作られた学校に私が立ち入ったら一日でどれだけの損害が出ると思う?」

「学ぶのは自由だろ。リモートだってあるんだからさ」

「Wi-Fiが外でうまくつながった試しがないの。そうなるとネットカフェに毎日穴が開くことになる」

「ぉぉ……出禁になりそうだ……」

「なったよ」

「なったのかよ」


 呆れた声を背に微笑みながら、彼女は何食わぬ顔で立ち入り禁止の柵がされた階段を目指す。懐から鍵を取り出すと、鍵を解いて鉄門を動かした。


「校長にね。屋上が一番被害が少なくて済むって説得して、借りてるんだ」


 今時屋上でお昼ごはんとか夢あるよねぇ。と、何故か俺までついていく流れにして登っていくのを、止められないままついていくことになった。


 屋上の扉は難なく開いて、そう広くもない固い床が目の前に現れた。誰が見るわけでもないのに外壁とお揃いに塗られた鮮やかなそれを踏みつけると、寸先が鳥のフンで白黒になっている。


 彼女はふいと首をふると無法地帯を踏むことなく、比較的綺麗な場所に腰を下ろした。


「幸も不幸も認識次第っていうけれど、不幸っていう言葉には『不』も『幸』も入っているんだから『陰陽』みたいなもんだと思ってさ。どっちも必要なんならさ、七がつく日がアンラッキーな人生だって必ずしも悪いとは限らない」


 飲み干した箱牛乳のストローを、がじがじとする。


「ただ……そうだね。好きな漫画の、七巻から先がでないことかなぁ」

「ん?」

「今のところ不幸なのかなって思うことだよ。さっき、君が聞いたんでしょ」


 懐から二つ目の総菜パンを取り出し、口に運ぶ。もきゅもきゅと頬張る。飲み込んだ。


「君こそ、今日は何かあったの」

「……俺は、4限終わるの遅くて購買で何も買えなかった上に比較的新しいガムを踏んだ……」

「あっははははは最高じゃん! 笑っちゃったお詫びに焼きそばパン半分あげる!」

「え、あ。食べかけ」

「いやだったらちぎったげるよ。それとも、付き合ってる同士とかなら気にならなくなる?」

「え? あ、ああ。まあ……うん?」

「そっかー。じゃ、付き合ってみる?」

「ん?」

「ふふ」


 彼女は微笑んで、結局は歯形分のパンを指で千切って俺に差し出した。


 彼女が少しも冗談と言わなかった言葉への答えは、この後の豪雨とジェット機と着信と雷雨と花火と電車とチャイムとに六度邪魔されて、七度目でようやく口にすることができた。


 なあなあにしたくなかったが故の――噛みまくりで上がりまくりの、墓に入るまで記憶に残るような、返答だったと。いう。


 少なくとも彼のR.I.P.の下部には、その時の愛の言葉が刻まれている。


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