死神との賭け

くれは

不運が七回続けば

 その日、僕は運悪く道端でぶつかって転んでしまった。

 僕とぶつかった相手は「すまない」と言って手を差し出してきた。

 その手をとって立ち上がる。

 その脇を、発車したバスが通り過ぎた。


不運アンラッキーだ」


 男はそのバスを見送って呟いた。

 それから僕を見下ろして、ちょっと苦笑した。


「死神と賭けをしている」


 きっと僕は訝しげな顔をしたのだろう。男はさらに言葉を続けた。


「不運が七回続けば俺の命は死神のものになる。今のところこの通り負けてはいないけどね」


 僕はそれを何かの冗談だと思った。


 だから、バスに乗り遅れたのは不運ではないのかと軽い調子で尋ねた。

 その男はどうってことないように笑った。


「まあね。でも不運なんてそんなに続かないものさ。それに君とぶつかった程度の不運で済んで幸運ラッキーだったとも言える」


 不運が幸運というよくわからない言葉に、はあ、と間の抜けた返事をした。


 その事故が起こったのはその時だった。

 振り向けば一つ先の交差点で、男が乗るはずだったバスに他の車が突っ込んでいるのが見えた。

 周囲は大騒ぎだ。


 すぐに救急車のサイレンの音が聞こえ始めた。パトカーがやってきて、道路が封鎖されて、渋滞が起こる。


 その男は僕を見下ろしてウィンクした。


「ほらね。俺があのバスに乗り遅れたのは、とっても幸運ラッキーなことだったんだ」


 それから男は肩越しに振り返った。


「賭けは今回も俺の勝ちだ」


 まるで、そこに誰かがいるかのように。その誰かに言い聞かせるように。

 男の視線が、見えない何者かを捉えているようで、僕はちょっとぞくりとした。


 男はまた僕を見て、内緒話でもするような小声になった。


「それにね、死神との賭けも案外悪くない。俺は幸運ラッキーだ。君にも死神の姿が見えたら、きっとわかると思う」


 そうして立ち去る男の後ろ姿。

 その後ろに、黒い服を着たとびっきりの美女の姿が見えた気がした。

 美女が振り返り、僕と目が合うとにこりと笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神との賭け くれは @kurehaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ