運動
富升針清
第1話
「やあ、兄弟。こんな所にいたのか。おや? 珍しく、君は浮かない顔をしてるね」
シルクハットの男がコーヒーを片手に髭の男に声を掛ける。
「ああ、兄弟。昨日から健康の為に運動を初めたからだね。腕が痛くて上がらないんだ」
「運動? 健康の為? 悪魔が? と言うか、君が? 筋肉だるまの君が? 何の呪文なんだい? それは」
「呪文なもんかいっ! 悪魔だって色々あるだろ? 私だって、色々あるのさ。例えば、ポテトを我慢するか運動するかを選べと言われたら運動をとるとか」
「ポテトを我慢しろよ」
「嫌なこった。ポテトが食べられなくなった悪魔なんて、ツノのなくなったユニコーンだよ」
「まずはその手に持っているコーラを我慢すべきでは?」
「コーヒーは許されてコーラは許されない道理がないだろ。考えても見ろ。同じ悪魔に相応しい暗黒の飲み物だ」
「それは考えではなくて見た目の話だろ。同じ暗黒でもコーラの方が業が深いよ。腕を使う運動だなんて、何をしたんだい? まさか、腕立て伏せとか?」
「あれはいけない。暗黒の運動だ」
髭の男はそう言うと、背中の羽をばたつかせる。
成る程。
「辛いと無意識に飛ぶ、と?」
「悪魔だもん」
「切り落としたら?」
「天使に切り落とされたわけでもないのに羽を失った悪魔ってどう?」
「モテない。それも圧倒的に」
「だろ? 私もそう思うから羽は切れないし、腕立ても出来ない」
「なら、なにをしていたんだい?」
「ゲームだよ」
「ゲーム? まさか、君、テレビゲームのやりすぎて腕が痛いとか言わないよな? しかも、それが運動とか!」
「そのまさかだよ。知ってるか? 兄弟。今やゲームはただ画面を見て指を動かすだけの時代じゃないんだ。身体を鍛えるゲームがあるんだよ」
「それは初耳。人間は本当に想像の斜め上をいく生き物だな」
「アイツらは悔しいが天才だよ。私の腕がそれを証明してる。コントローラーを輪っかに付けたり、足に付けたり、それを持って筋トレさせたり、実にやりたい放題だ」
「それは些か……、楽しそうだね」
シルクハットの男が目を細める。
「やる? ウチにあるよ」
「オーケー、それは素敵な提案だが、一つ質問だけ質問させてくれ、兄弟。それは君の私物?」
「いや、メフィスト・フォレスから借りた」
「オーケー、その誘いはたった今白紙に戻った」
「おいおい、うちの営業のエース様だぞ?」
「だからだよ。君がゲームを壊した場合、僕に罪を擦りつけられるのはごめんだ。指紋がつく」
「酷い物言い!」
「前科は沢山あるだろ?」
「存じ上げてはいるが、記憶が曖昧なもので」
「体より脳を鍛えるのをお勧めするよ」
「脳を仕事以外で使ったら擦り減って無くなっちゃうよ」
「小さな脳は大変だな」
摩耗するなんて。
「おいおい、兄弟。なんて言種だ。確かにあのゲームを開発した人間達は些か頭がぶっ飛んでる。あのゲームを何故開発するのに思い当たったのか、私も考えたよ。だが、一つの答えが私の脳に囁いた。彼らはあのゲームで人間の新たな可能性を見出しているんだ」
「いや、体を鍛えてるんだろ? 可能性もなにもないよ。君に似たゲームしかしない動かないクソ野郎に向けて発売してるんだよ」
「そう、それはズバリ第六感の」
「まず、ターゲットにされてないよ。悪魔だからね、君は」
「そう! 私が彼らのモルモットだからさ! 彼の発売したゲームはありとあらゆるソフトを一本残さず買い占めているからね」
「人の話を聞かない時点でモルモットの方が賢いし、節約している思うよ。歴戦の褒美をゲームに費やしてる悪魔は恐らく君だけ」
「あらやだ。私が特別な存在の悪魔ってコト?」
「低い方のね」
「知らないの? カードゲームでレアなカードは出現率が低いから高価なんだよ?」
「カードゲームは知らないが、出現率が低い方なのは間違いないな。話の通じない輩が高確率で出たら地獄だろ?」
「カードゲームの話が通じない話?」
「君の話」
「冗談が通じない話だった」
「上手くもないし、痛くもないな。それより、運動が必要って腹でも出てきたのか?」
「キャっ! 山羊頭さんのえっち! どさくさに紛れて触ろうとするだなんて!」
「……十分、固いじゃないか。君は筋肉だけは素晴らしいものな。ミノタウロスどもも君の足元には到底及ばないだろうに。これ以上筋肉つけてどうするんだ?」
「筋肉は何でも解決するってTwitterで言ってたんだ」
「ほう。何を筋肉で解決するんだい? どんな一人で引っ越し? 冷蔵庫とか一人で持ち上げるために筋肉をつけるのか? しかしそれぐらいならば、今の筋肉でも十分じゃなきのかい?」
「違うよ! 筋肉をつければ女性にモテる、と」
「成る程、それは筋肉には荷が重過ぎる話だな」
運動 富升針清 @crlss
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