心の筋肉

河原

第1話

 アイツはどのグループにも属さず、でもどのグループの奴とも仲が良い。


「なぁ、鈴木! 帰りにゲーセン寄っていこうぜー!」

「あー……。スマン、今日は別グループの奴らとカラオケの予定なんだ」


 背が高くて短髪、爽やかイケメン系な鈴木は帰り支度をしながらそう言った。


「そっかー、じゃあしょうがないな。明後日くらいは空けといてくれよ? お前との勝負、楽しみにしてるからな」


 行くぞ、と呼ばれて俺はグループの皆と教室を出る。横目で鈴木を見ながら──


(アイツはなんでいろんなグループから声がかけられるんだ…………?)


 ゲーセンへと行き、特にやりたくもないゲームをやらされる。


「あーぁ。佐藤お前弱すぎるよー! もうちょっとヤル気でないのかよ」


 俺はグループの中で一番仲の良い田中にレトロな格闘ゲームでボコボコに負かされていた。


「しょうがないだろー。このゲーム得意じゃねーし」


 中途半端に長く、目にかかる髪を手でかき上げながら俺は言った。


 俺の得意なゲームをやろうと誘えば、負けるから嫌だと言ってやらないくせに、負けたら文句を言われる。ホント、俺はなんでコイツらと一緒にいるのだろうか。


 俺は、自分の主張というものを特にすることなく、クラスの中でも中心に位置するようなグループの端にいる。


 別にそのグループでなくとも問題はないのだが、なんとなく……。

 いや……目立たず騒がず、自分から何かをしなくとも良い、他の者についていくだけで問題のないだろうグループを、俺は選んだのだ。


 ならば今の状況は理想的じゃないか。それなのにこの感覚はなんだろう……


 心の底から楽しめるわけでもなく、満たされない。どうでもいいはずなのに何かに疲れているように怠い。


「おーい!」


 鈴木がゲーセンの爆音の中、手を振りながらやってきた。別グループとカラオケだったんじゃないのかよ。


「おー! 鈴木! あっちの方はいいのか?」

「あぁ、メイン二人に用事ができちまって、来週に持ち越した!」


 俺は立ち上がって鈴木に席を譲る。


「いいのか、佐藤?」

「頼むよ。俺このゲーム得意じゃないんだ」


 手をひらひらさせて俺は自販機の所へと向かった。『何か、面白くない』という感情から、ろくなものが出ないことで有名な、ハテナマークのついた何が出てくるかわからないやつを選んだ。

 すると出てきたのは──


『しるこ』


「マジかよ。オモシレー」


 飲む気もおきないそれをベンチに置いて、その隣に俺は座った。そして店内を眺めると、グループの連中は、思い思いのゲームで遊び、はしゃいでいる。


 小遣いももう少ないし、今日はここでみんなが満足するのを待ってるか……。


 そう考え、俺は腕を組み、壁にもたれて目を瞑った。


 騒がしいゲーセンの音も、気にしなければ子守唄と同じ。俺はそのままウトウトと眠っていたようだ。


「おーい、佐藤!」


 呼ばれて目を開くと、何故か鈴木が目の前にデカいクマのぬいぐるみを抱えて立っていた。


「な…………お前そのクマどうし…………」

「さっきあっちで取った!」


 どかっと同じベンチに座った鈴木は、クマを足元に置き俺との間にあるしるこ飲料の缶を見て口を開いた。


「コレは?」

「さっきそこでハテナマークのやつ買ったらコレが出てきた」


 笑うだろう。笑えばいい。ろくな物が出ないとわかってるのに、それに手を出した俺を笑うがいい。そう思いながら俺は言った。


「へー」


 腹を抱えて笑われることさえ覚悟していたのに、鈴木の口から出てきたのは。ただの、へー。


「それ……このクマと交換してくれるか?」

「……は……?」


 どう見てもクマの方が良いだろう。いや、俺は別にクマも欲しくはないが。


「別にクマはいらねーよ。やるから飲めば?」


 もう冷めてるけどと、しるこ缶を持ちずいっと鈴木に差し出す。


「サンキュー!」


 素直に受け取り、礼を言う鈴木。タブを開け、その飲む姿を俺は見守った。


 フツーのジュースでも飲むように、ゴクゴクとそれを飲む鈴木。


「ぷはー! 結構イケるな、コレ!」


 マジかよ。


「サンキューな!」


 そう言って続きを飲みほした。


 缶を捨て、ベンチに座りなおして開口一番、


「佐藤てすごいよな。いつも周りをよく見て合わせてるだろう?」


 俺は何故か突然、鈴木にすごいと言われた。


 周りをよく見て合わせている、確かにそうだ。だがそれは面倒くさいから。何かを自分から言ったりやったりするのは面倒くさい。言われるのも嫌だ。だから極力周りと合わせる。

 別にすごいことではないだろう。


「いや、お前の方がすごいだろう? どのグループにも所属してないのに、ケンカにもならないで今日みたいに色んなグループから声がかかってじゃないか。いつも」


 グループ同士、コイツを取り合うことも、喧嘩することもなく、面白いクラスだよなと常日頃思っていた事を、俺は言ってみた。


「オレのはなー。自由でいたくて、その上でみんなと仲良くしてたいからなぁ……。他人に合わせる、って事ができないんだ。オレは」


 言われてみると、確かにそんな感じはする。

 誰かが鈴木のことを『自由人』と言ってた事もあったな、と思い出した。


「俺は……俺は合わせてるっていうよりも…………喧嘩とか面倒くさいから嫌いだし、一人でいるのも嫌で、かといってグループの中心になるとかも嫌だってだけだぞ」


 自分で言っていてあれなのだが。なんとも情けない感じがするな…………。


「理由はともかく、佐藤は人に合わせる、っていう心の筋肉がすごいんだよ」


「ココロの筋肉…………?」


意味がわからずオウム返しに問う。


「そう」


筋肉とは。収縮することにより力を発生させる運動器官。


「自分の本心という物をちゃんと持ってるのに、グループの連中に合わせて必ず出過ぎないようにしてる」

「それって……流されてるだけって言わないか……?」


「流されてるだけなら、不満は無いだろう?」


ドキンとした。コイツは何を言っているんだ?


「さっき俺に格ゲー譲ってくれたのだって、田中に付き合って苦手なゲームやってたからで、オレなら田中が楽しめるって思ったんだろ?」

「そりゃー……誰だって激ヨワな奴とより、勝てるか勝てないかって相手とやった方が楽しいだろ」


 思っていた事をそのまま言った。


「そこなんだよ。ただの流される奴だったら、自分からはどかない。田中に言われて、そこから退くんだ」


 目から鱗だった。


「佐藤は、本当は別のゲームが好きで、得意だろ? でもそうやって自分の思う通りにならなくても、このグループでそこそこ楽しくやってる。

 それは、人に合わせながらも自分を良い状態に保つ事ができるから。要するに人に合わせるっていう心の筋肉がしっかりあるんだ」


 コレは褒められているのか? 非常にくすぐったい感じがするのだが。


「じゃあ……やっぱりお前もすごいわ。どのグループとも喧嘩せずに、自分の好きな時に好きな事をするっていう…………

 飾らず、無理せず……好きな時に好きな所へ行く……」


 そして、他のグループとの約束があるからと、誘いを断る事に罪悪感を持たずにいられる……


「己の自由を保つ心の筋肉がしっかりとあるじゃないか」


 俺はコイツが羨ましくて眩しかったのか……。


「……改めて言われると……テレるな……。嬉し恥ずかし」


 なんで顔を赤らめて言っているのか。


「ずっと佐藤の事がスゴイと思ってたんだ。憧れっていうの? オレに無い物、心の筋肉があって」

「……は……?」


 それは自分のセリフだ。なんて今気づいたばかりだし、とても恥ずかしくて言えず。俺の口からはその一文字しか出なかった。


「筋肉なら鍛えたら多少は強くなるだろう? だから、オレの心の筋肉鍛えるために……」


 クマを抱えて俺の前に立つと、鈴木は言った。


「◯INE交換してくれないか……?」



ーーーENDーーー






 



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心の筋肉 河原 @kawabara123

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