婚約破棄されても筋肉は裏切らない
すずはな
第1話
最高の美しい令嬢を作るもの、それは筋肉である。
アビー・プロティーン公爵令嬢は将来の国母として毎日忙しい生活を送っている。
アビーの1日は朝の1杯の白湯から始まる。適度に覚まされた暖かな白湯を飲むことで内臓を目覚めさせ、しっかりと筋肉を動かせる状態を作るのだ。
ゆっくりと白湯を飲みながら体が目覚めるのを感じつつ、侍女により髪を整えてもらう。
それが終われば目覚めた筋肉を最高の状態にするために、寝ている間に硬くなっている筋肉を静かに伸ばす。
筋肉の柔軟性を高めつつ、負荷をかける。
筋肉は1日では育たない。毎日の研鑽が重要である。
朝の日課が終われば朝食だ。
筋肉を育てるためには朝のエネルギー補給が重要であり、どんなに忙しい毎日を過ごしていてもアビーに食事を抜くという選択肢はない。
野菜からはじまり、その日によって変わるが肉や魚、卵といった料理をよく噛んで食べる。パンは少なめにするのも筋肉のためだ。
将来は王妃に、国母になることを望まれているアビーだが、その身はいまだ学生のみである。朝食が終われば学園へと向かう。
ただ普通の令嬢と違うのは、アビーは馬車ではなく自ら馬に乗って学園へと向かうことだろう。
なぜアビーが自ら馬に乗って学園へと向かうのか。
それはもちろん筋肉のためである。
市井の生活を観察するという名目があるが、誰もが見ても美しい乗馬の姿勢を保つことは全身に筋肉を無理なく使うことにつながる。太ももはもちろん腹筋や背筋、肩や首の筋肉を無駄なく使えるだけでなく、歩く以上にカロリーを消費することができるのだ。
学園での生活でもアビーは完ぺきな令嬢であることを求められる。勉学で常にトップであることはもちろんだが、常に注目を集める存在であるため一つ一つの所作にも美しさが求められる。
立っている姿も座っているときも、歩く姿も美しくなければならないのだ。
その美しさをためつために必要なもの、それが筋肉である。だからアビーにとって筋トレは何よりも大切なことなのだ。
そんな筋肉を大切にする日々を送っていたアビーだが、この日はいつもと違うことがあった。
完璧すぎるアビーに普段はあまり近づいてこない婚約者であり王子であるレクタスが取り巻きともに向かってきたのだ。しかもレクタスの腕にぴったりと抱き着くように一人の令嬢を伴ってだ。
レクタスの姿を見たアビーは、わずかな休憩時間で楽しんでいた、最近手に入れた珍しい緑茶の入ったカップを静かにテーブルに置き立ち上がった。緑茶は最近のアビーのお気に入りのお茶だ。なぜなら緑茶には筋肉の酸化や損傷を防ぎ回復を早める効果が期待でき、体脂肪を落ちやすくする聞いたからだ。さらに筋トレ効果を高めて筋肉がつきやすくなるかもしれないというのだから、アビーに緑茶を飲まないという選択肢はない。
緑茶の筋肉への効果を考えている間に、レクタス王子はアビーへと近づいてきた。
ただアビーを見るレクタス王子の目は、婚約者に向けるような親しみのあるものではなく、憎んでいるかのように険しいものだった。
「殿下、ご機嫌……」
「アビー! 貴様との婚約を破棄する!」
やってきたレクタス王子は挨拶をしようとしたアビーの言葉を遮り、怒鳴りつけるようにいった。
挨拶を怒鳴り声で遮られたアビーはさすがに驚いた表情を浮かべた。といっても軽く眉が顰められた程度だが。最高の令嬢はわかりやすく大きく表情を動かしてはいけないのだ。だから表情を思うように動かしたり動かさないようにするためにも、日々の表情筋のトレーニングは重要である。
アビーは静かに一度深呼吸をすると、一瞬だけ周囲に視線を向けた。
よく見ればレクタス王子の取り巻きたちも睨みつけるように厳しい表情をアビーに向けている。
そんな中でレクタス王子の腕に引っ付いている令嬢は、脅えたような表情をしながら、アビーに向ける目はどこか勝ち誇っているような感じがした。
改めてレクタス王子へと視線を向けたアビーは、いつもと変わらない冷静な口調で問いかけた。
「婚約破棄でございますか?」
「そ、そうだ! 貴様は私の婚約者だという立場を利用して、ここにいるペクティニーに対し日々非道な行いをしていたそうだな? そんな冷酷で非常な貴様を私は許すことができない! 貴様の非道な行いに心を痛めながらも健気にほほ笑むペクティニーを守るためにも、貴様との婚約を破棄し、ペクティニーと新たに婚約を結ぶことにする」
婚約破棄と新たな婚約の宣言を聞いても、アビーの態度は変わらなかった。
それどころか、
「婚約破棄承りました」
と静かに頭を下げたのだった。
そして顔を上げたアビーは今までと違い厳しい顔を表情を浮かべていた。
「な、なんだその顔は、文句でもあるのか?」
「ございます」
強気な態度だったレクタス王子がひるむくらい厳しい表情を浮かべたアビーは、はっきりとした口調で言った。
「アビー様! 全部私が悪いのです。でもやさしいレクタス様を愛してしまったのです」
レクタス王子の腕に引っ付いていたペクティニーは、王子の腕を話すと両手を胸の前で組んで涙を浮かべながらアビーをみつめた。
「ペクティニー」
そんなペクティニーの様子にレクタス王子やその取り巻きたちは優しげな表情で見守っている。
「愛とかそのようなものは関係ございません。あなたには筋肉が足りないのです」
「……え? 筋肉?」
「そう筋肉です。王子の婚約者になるためには、将来国を代表する女性になるために必要なもの。それは教養であり、礼儀作法であり、筋肉なのです」
「……」
きっぱりと宣言するアビーに、ペクティニーもレクタス王子も唖然とした表情で言葉を失っている。
「いいですか。国を代表する女性を作る筋肉は1日で作ることはできません。日々たゆまぬ努力が必要なのです。それなのにあなたの腹筋ときたら」
「え? 腹筋? ぐふぅううう」
アビーはペクティニーに近づくと、ボディーブローを入れる。一見すると軽くお腹を叩いているように見えるが、ペクティニーの身体は一瞬床から浮き上がるほどの威力だ。
「な! 貴様! なにをする!」
筋肉宣言に茫然と立ちすくんでいたレクタス王子が、アビーのボディブローで床に沈んだペクティニーに慌てて近づこうとする。
しかしアビーが許さない。
「殿下もですよ」
「げっふぅうう」
とレクタス王子のお腹にも一発きついやつをお見舞いする。
「国を守るために最後に必要なのは筋肉です」
といいながらアビーは取り巻きたちを次々に床に沈めていく。
「殿下をはじめあなたたちは、最近そこの令嬢との逢瀬にうつつを抜かして、重要な筋肉を育てることをおろそかにしていたそうですね。筋トレは1日サボれば元に戻すためには3日必要と言われています。当然取り戻すだけでなく、失った時間で積み上げることができた筋肉の量を考えれば、大変な損失です」
床にうずくまる面々を眺めながらアビーは言う。
「婚約破棄云々の前に、まずは筋肉を鍛えて出直してきなさい」
登場人物
アビー・プロティーン(腹筋のアビドミナル・マッスルとプロテインから)
レクタス王子(腹直筋のレクタス・アブドミニスから)
ペクティニー(恥骨筋のペクティニーアスから)
ちょっとかけあしすぎた。もうちょっと練り直したい
婚約破棄されても筋肉は裏切らない すずはな @suzuhanamaru
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