齢六百年の魔女が、最期の願いで抱いてと懇願してきたが?

中村 青

据え膳食わぬは男の恥

「くくっ、流石は異世界から召喚された勇者よ。儂をここまで追い詰めるとは……」


 今にも崩れ落ちそうな岩壁に囲まれ、血塗れで強がる最後の強敵ラスボス、終焉の魔女ラプラス。コイツを倒す為に、血を吐く思いで切磋琢磨してきた。

 もう全回復薬エリクサーも切れた。共に戦ってきた仲間も全滅した。きっとこの機会を逃せば奴を滅ぼすことは叶わないだろう。


 だが俺は躊躇っていた。

 何度も何度も死戦を交わしてきた。幾度となくラプラスに殺されかけた。それでもトドメを刺せずにいた。

 きっと一人でも仲間が残っていれば、躊躇なく英雄の剣エクスカリバーを突き刺していた。


 だが、だが……っ、俺は───!


「……思い返せばこの世に生まれて早六百年じゃ。お主のように異世界から召喚された勇者を幾度となく死闘を繰り広げたが、ここまで追い詰めたのはお主が初めてじゃ」


 止めろ、そんな言い方をしないでくれ……っ!


「どうした、勇者。さっさとトドメを刺せ!」


 瀕死の状態で強がる姿に、思わず胸が締め付けられる。だが俺は勇者……、コイツは国民を苦しめ搾取してきた極悪党だ。同情の余地など微塵もない。


「───じゃが、勇者……もし叶うなら、最期に儂を抱いてくれぬか?」

「だっ、抱くだと───!」


 思わぬ提案に声を上げて突っ込んでしまった。か、か、仮にも魔族の頂点に君臨する魔女が何を! 血迷ったのか?


「儂はこれまでガムシャラに戦ってきた。それこそ現抜かすことなく……六百年もじゃ。時にはイチャイチャする四天王を横目に、それでも戦い続けてきたのじゃ」


 ───っ、!!

 そのやり場のない怒り、分かるぞ……!

 俺も既視感がある。本人たちはバレていないつもりだったろうが、隠れて付き合っていた格闘家と魔法使い。三人パーティにも関わらず、人目を忍ばず……四六時中イチャつきやがって!


『勇者には姫がいるからな』


 って、牽制するようにグチグチグチグチ釘を刺しやがって! 俺が知らないとでも思っていたか? この国の姫はあまり可愛くないのだ! 王様に瓜二つのぽっちゃり系姫で、明らかに政略結婚にも使えない行き遅れた感満載だと言うことを!


 思い出したら腹が立ってきた。

 勝手に召喚しておいて、魔族を滅ぼせ、世界を救え? お前ら自分のケツは自分で拭けよ!


 一方、魔女のラプラスに関しては、白状すると一目見た時から何て愛らしい人なんだろうと思っていた。俗にいう一目惚れって奴だ。敵なのにビュジュアルが良い、いや最後の魔女ラスボスだから良いのか、単に自分の好みだったのか。そして性格も、この可愛らしい幼い容姿なのにロリババァという最高の組み合わせ。そして強くて誇り高いところとか、もう全部好きだった!

 大事なことだから二度言わせて欲しい。

 全部、全部、大好きだ───!! 


「………ラプラス、俺でいいのか?」

「うむ、良いも何もお主が良いのじゃ。ほら、ハグというのじゃろう?」


 両手を広げて、抱っこを強請る子供のように……キュンなんですけど!

 好き好き大好き、もう世界なんてどうでもいい! 俺は、彼女を抱く!


「───それじゃ、ラプラス。手を取ってもいいか?」


 憧れ続けていた女性ひとの手を、いざ。なんて細くて可憐な!

 そういやこの世界に来て、初めて女性の手を握った気がする。いや、異世界転移する前からプライベートで握った記憶がない。そう自覚してからドドドドドドっ……と地響きのような心拍音が響き渡った。


 こ、こ、こんなに緊張するものなのか? こんなことを武道家と魔法使いは日常茶飯事にしていたのか? 心臓がいくつあっても足りねぇじゃん!


「……ふふっ、世界一勇敢だと言われているお主でも、緊張するものなんじゃな。そんなに緊張すると、儂まで緊張するではないか」

「わ、悪ィ……、俺がリードしなければならないのに」

「よいのじゃ、気にするでない。それよりも返事は……いいと受け取ってもよいのじゃな?」


 改めて聞かれると恥ずかしいが、せっかくの申し出だ。ここで退いては男が廃る。

 俺は傷だらけの彼女の身体を、包み込むように抱きしめた。今まで死闘を繰り広げていた相手とは思えない愛しさ。なんてか弱い、こんな細い身体で頑張っていたのか……!


 くそ、魔族め! こんなに儚げな人を頂点に君臨させて、何をしている! もっと自らの体を張れ! むしろ守ってあげる勢いで前に出ろよ!


「勇者よ、何を考えておるのじゃ? 眉間にシワが寄っておるぞ」


 ラプラスに言われてハッとした。そうだ、今は余計なことなど考えず、ただただ幸せを噛み締めよう。だって今の俺の腕の中には、いとしい人がいるのだから。


「……温かいのう。こんなことなら、もっと早く素直になっておればよかった」


 彼女の目尻から一粒の涙がこぼれ落ちた。

 感動して泣いているのか? 可愛いところがあるじゃないか……。

 彼女の頬に手を添えようとした時、どんどん重さが軽くなっているのを感じた。あれ、よく見ればラプラスの身体が……透けてね?


「最期に、お主のようなひとに抱擁してもらって嬉しかったぞ? もう思い残すことはない」


 え、ちょっと待って? 嘘、まさか召される五秒前ですか?

 抱くって、その抱く!? え、もしかして俺がチマチマしていたせいで時間がなくなった? 嘘、待って、ラプラスはそれで満足かもしれないけれど、俺は全然満足していない! せめてキスくらいは……チューくらいはさせてくれ───!


「さらばじゃ……勇者殿……」

「ノォォォォー! 待って、俺も連れてってー!」


 こうして世界は救われたのだが、その後勇者の姿を見たものは誰一人としていなかった。



 ───end







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齢六百年の魔女が、最期の願いで抱いてと懇願してきたが? 中村 青 @nakamu-1224

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