七つのできごと。

倉沢トモエ

七つのできごと。

 カナコが男のツケだけを払って店を出たのを見送ったあと、カウンター席に並ぶ常連たちは「相変わらず……」などとあきれていたのだ。


「もう別れるんだ、って、それでも払うなんて」


 店の先代ママ、ヨーコさんが言った。今の店長兼バーテンは息子さんだ。


「しっかりしてる子って、だらしない奴にヨワイわよね。

 あら、雨音?」


 こんな真夜中、土砂降りらしい。雨宿り客に店長はタオルを出す。


「最近の土砂降り、ものすごく水が出たりひどいわねえ」


 いやあ助かりました。世間話がはじまる。それぞれ飲み物も注文して。


 そのときだった。


「カナコちゃん」


 カナコが頭からずぶ濡れで戻って来た。


「どうしたの、雨だけでこんなにならないわよ?」


 泥までかぶっている。


「……急に強く降って来たから、地下鉄の◯◯駅に入ろうと思ったの」


 ヨーコさんが大判のタオルで頭からかけてくれるのに小さく「ありがとう」と言って、


「あの駅、十字路の角にあるわね」


 ある。


「入口あたりが少し地盤沈下してるのね」


 そうだ。雨の日に水が深くたまる。


「水たまりよけながら下り階段を五段くらい降りたのよ。そしたら」


 運悪くそのタイミングで脇をトラックが通過した。

 勢いよく水たまりを踏んで。


「いつもは地下鉄の入り口の窓、閉まってるんだけど、夏だから開いていたのよ」


 トラックが水たまりを踏んだ。

 悪いことに集中豪雨で側溝からも泥水があふれていた。

 地下鉄入り口の窓は開いていて、その跳ね返りを防いではくれなかった。


「ついてないわね、カナコちゃん」


 ヨーコさんは驚いて、


「でも、数えてみなさいよ」


 ツケを払わされる。

 急な雨。

 水たまりが深かった。

 側溝から泥水あふれてた。

 トラックが通った。

 地下鉄駅の窓が開いてた。


「あんたが頭から水かぶって、ついてないの七つ目よ。

 不運が七つも続けば、あとはいいことあるわよ」

「……ありがと」


 店長がホットワイン持ってきた。夏だけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七つのできごと。 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ