イザコザ
羅
イザコザ
筋肉バカは、何処にでもいるモノだ。
今目の前にいるコイツも、その一人だ。
「盾となれ」
俺は茶色い魔法石を握り、そう言葉を発した。地面がその言葉に反応し、不自然に盛り上がり、俺とソイツを分断した。
「ガハハハハ!」
バカッ
ボコッ
ドガッ
「……」
ソイツはでかい笑い声をあげながら、素手でその土の盾を破壊していった。
「フンッ!」
創り出した土の盾を全て破壊し、ソイツはポーズを決めて、自分の筋肉をアピールした。
夜の飲み屋の前だ。酔っ払いの野次馬共が、酒を片手にヤンヤヤンヤと盛り上がる。
俺は茶色い魔法石を腰に下げた革袋に戻し、赤い魔法石を手にした。
「……」
少し思案し、ソイツの右拳に狙いを定め、言葉を発した。
「燃えろ」
言葉に反応し、飲み屋の入り口に置かれたランプの一つから、炎が火の粉を飛ばし、ソイツの右拳に行き着くと、ボッと燃え上がった。
「ウオッ⁈」
ソイツは慌ててドタバタと動きながら、同時にブンブンと右手を振り、炎を消そうとするが、炎の勢いは収まらない。
「……」
成り行きを見守っていると、ソイツは突然ドタバタを止め、右手だけに集中し、これまで以上にブンブンとその手を振った。
「フンッ!フンッ!フンッ!…」
やがて炎は勢いを消し、プスプスと煙を上げて鎮火した。
ソイツはフーッと一息つくと、俺に右手を見せ、どうだと言わんばかりに、汗も拭かずにニヤリと笑って見せた。
オ――ッ…
野次馬共が軽く感嘆の声を上げた。
「…燃えろ」
俺はそれを見て、先刻と同じ言葉を繰り返した。今度は火の粉は両拳へと飛んでいき、両拳が燃え上がった。
「⁉」
ソイツはやはり始めはドタバタしながら両拳を振っていたが、しばらくすると両手だけに集中し、両手だけをブンブンと振った。
「フンッフンッフンッフンッ…!」
やがて炎は消え、煙を吐く両手で汗を拭い、ソイツはまたポーズを決め、筋肉をアピールしてきた。
カンカンカン!
ドンドンドン!
今度は食器や床を鳴らして、野次馬共も盛り上がった。
「……燃えろ」
俺は三度同じ言葉を繰り返し、今度はソイツの両拳、両足から炎が燃え上がった。
「フンフンフンフンフンッ……!!」
ソイツは今度は始めから両手両足に集中し、その場で勢いよく駆け足を始めた。
「ゼェ…ハァ…ゼェ…ハァ…」
ソイツは炎を消すと、しばらく両膝に両手を当てた状態で、肩を大きく揺らしながら息を整え、やがてある程度落ち着くと、またポーズを決めて筋肉をアピールした。
ギャハハハハ…!
カンカンカン…!
ドンドンドン…!
野次馬共は声を上げて笑い、食器を鳴らし、床を踏み鳴らした。
「……」
俺は赤い魔法石を皮袋に戻し、今度は青い魔法石を握った。
「塞げ」
俺がそう言葉を発すると、呼応するように、飲み屋の前に貯められた、消火用の水が宙を飛び、ソイツの顔に纏わり付いた。
「ゴポッ…⁉」
ソイツは藻掻くが、顔に纏わり付いた水は、どうやっても顔から剝がれない。
やがてそいつは立ったまま動かなくなった。
「フ――ッ…」
俺はようやく終わったかと、大きく息を吐いた。
その時だ。
「ゴバッ…ガバッ…!」
ソイツに纏わり付いた水の中に、ソイツの息で出来た気泡が
「ガハッ!ゴホッ!」
ソイツは四つん這いになって、しばらく咳込んでいた。
オ――ッ
今度はしっかりとした感嘆の声を野次馬共が上げた。
ソイツはその声に応じるように、涙を流し、鼻水を垂らし、涎を拭いながら、立ち上がり、ニカッと俺に笑って見せた。
「……塞げ」
俺は短く言葉を発した。
「ゴボッ!ガバッ!」
ソイツは悶え、苦しんだ後、再度纏わり付く水を飲み干した。
「…フン……」
ソイツはやはり涙を流し、鼻水を垂らし、涎を拭いながら、再度笑って見せる。
「塞げ」
そのあと三回同じことを繰り返した。
ソイツは四つん這いになり、…吐いていた。
「――…」
さすがに野次馬共もドン引きだった。
しかしソイツはやがて立ち上がり、
「フンッ」
力なくポーズを決め、筋肉をアピールして見せた。
オ―――ッ
野次馬共がこれまで以上の感嘆の声を上げた。
「……」
俺はいい加減呆れ果て、皮袋に青い魔法石を戻すと、緑色の魔法石を取り出した。
「浮け」
俺がそう言葉を発すると、風が吹き、風はソイツを宙に浮かせた。
オ――ッ
野次馬共が感嘆の声を上げる。
「…!…?…!…」
ソイツは宙で拳を振り回すが、地面に足が付いていないのでは、その拳は空回りするだけだ。
近付いた俺にその拳を振るうが、その力で自分の身体がクルリと回るだけだ。
しばらくソイツはそれでも抵抗し、宙でジタバタしていたが、とうとう宙で胡坐をかき、腕を組み、目を閉じ、…うなだれた。
…勝負ありだ。
野次馬共が騒ぎながら飲み屋へと戻っていった。
「……降ろせ」
俺は短くそう言って、ソイツを地面に降ろした。そいつはしばらく胡坐をかき、腕を組み、目を閉じ、うなだれていたが、突然カッと目を見開くと…
「フンッ!フンッ!フンッ!……」
その場で腕立てを始めた。
「……」
俺はソイツをしばらく眺めていた。
イザコザ 羅 @LaH_SJL
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