【KAC】筋肉転生

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 ボディビルダー転生する

「マッソ、マッソ、マッソ、マッソ――」


 世は大筋肉時代。


 プロボディビルダーである益荒真力雄ますら まちおはボディビルのワールドカップであるWMNワールドマッスルネオに出場する為空港へと向かう道を雄っぱいを揺らしながら走っていた。


 その途中――


「む、危ない!」


 母親の手を離れ車道に飛び出したベビーカーを救うべく、真力雄は迷うことなく四トントラックの前に飛び出した!


「ぬぉおおお! バンプアップ!」


 過酷なトレーニングによって鍛え上げられた無駄のない筋肉を隅々まで覚醒させ、真力雄は真正面から四トントラックを持ち上げ、ベビーカーを跨ぐようにして反対側へと着地させた。


「ありがとうございます!」

「気にするな。人々を幸せにしてこその筋肉。それが俺のビルダー道だ」


 ニカリと爽やかな笑みを浮かべ母親に親指を立てる真力雄。


 その時、老朽化していた道路が荷重に耐えきれず陥没し、真力雄はそのまま真っ逆さまに地盤沈下によって生じた大穴へと吸い込まれていった……。


「ぬぁああああああ!?」



 †



「という訳であなたは死んでしまいました」

「無念だ。俺にもっと筋肉があれば……」

「私も残念です。もっとあなたの肉体美を見ていたかったので……」


 あの世とこの世の狭間、真力雄は彼のファンだという筋肉フェチの女神と邂逅していた。


「なのでどうでしょう。私の管理する別の世界に転生するというのは?」

「是非もない」

「では」


 突然足場がなくなって、再び真力雄は真っ逆さまに落下した。


「ぬぁあああああ!?」



 †



「――ぁぁぁぁぁぁああああああ!?」


 ズガン!


 天より落とされた真力雄改めマチオは、そのまま地面に激突してマッチョポーズを取る人型の穴を穿った。


「――ふぅ。鍛えていなければ危うく死ぬ所だった」


 穴から這い出すとそこはどことも知れぬ森の中だった。


「ふむ。ここが異世界という奴か」


 数奇なる運命によって第二の生を得たマチオだがやる事は変わらない。


「身体を鍛え筋肉によって人々を幸せにする。それが俺のビルダー道だ」


 ダブルバイセップスのポーズを取るとマチオは森の中を進み始めた。


「その為にはまず、食料の確保だな」


 筋肉とはトレーニングによってのみ育まれるわけではない。

 巨大な筋肉を生み出し維持する為には、大量かつ良質な食事が不可欠なのだ。


「ふむ。これは食べられそうだな」


 異世界の果物の匂いを嗅ぎ、舌先を触れさせて毒の有無を確認する。


 人体は賢い。毒を持つ食べ物は異臭やピリピリとした刺激で教えてくれる。


 実践的ネオボディビルを信条とするマチオはジムに籠るだけでなく、ジャンルの違う様々なトレーニングを積極的に取り入れていた。その中にはもちろん、サバイバル訓練も含まれる。その経験が役に立った。


 もちろん、果物だけではマチオの筋肉を維持するだけのタンパク質は得られない。


 必要なのは肉だ。その為にマチオが取ったのは座禅だった。


 全裸のまま(産まれたままの姿で落とされたのだ)地べたに座り込み、虫の息の如き静かな呼吸で石のように静止する。


 するとどうだ。


 120キロを優に超える褐色の巨体が大自然と奇妙に同化するではないか。


 一塊の巨岩と化したマチオ。


 程なくしてそこに一匹の大蛇が通りかかる。


「………………フンッ!」


 途端にマチオは生きたトラバサミのように大蛇に組み付き、万力のような筋力でその頭を締め落とした。


「これも生きる為。悪く思うなよ」


 両手を合わせて供養するマチオ。


 もちろん生で食べるような事はしない。


 スーパーで売っている肉だって生で食べれば腹を壊す。


 蛇、それも異世界のとなれば、どんな病気や寄生虫がついているか分かった物ではない。


 なのでマチオは蛇を加熱調理する為火を起こす事にした。


「マッソ、マッソ、マッソ、フゥウウウウ!」


 手頃な倒木を手で引き裂き、それによって出来た平面に乾燥した焚き付けを敷いて棒で擦る。いわゆる原始人スタイルである。


 もちろんマチオは蔓草を編んで紐にして利用すればより効率的に火を起こせる事は分かっている。だが、それでは折角のトレーニングの機会を無駄にすることになる。


 可愛い筋肉には負荷をかけよという諺通り、マチオはあえて苦難の道を選んだ。


 もっとも、この程度の労力はマチオに取ってなんの苦でもないのだが。


 ともあれ、程なくしてマチオは文明の火を手に入れ、大蛇の丸焼きを余すことなくその胃に収めた。


「食が満ちたら次は住か」


 人が生きるには衣食住が必要だが、衣は一番最後でいい。


 なぜならマチオは筋肉という至上の衣を既に纏っているからだ。


「ふん、ふん、ふん、ふんっ」


 WMNが設立され、ボディビルの概念は一新された。


 旧来の鑑賞目的の筋肉ではなく、より実践的で機能的である事を求められている。


 その為にマチオはトレーニングに格闘技を取り入れている。


 その経験が役に立った。


 鍛え上げられた巨大な拳が鉄球のように巨木を穿ち、メキメキとへし折っていく。


 まるでサバイバルゲームの最初期のように拳一つで丸太を生み出し、マッソマッソと担ぎながら簡易な丸太小屋を組み立てていく。


「……む?」


 森のざわめきを感じて振り返ると、一匹、また一匹と子供ほどの背丈をした緑色の醜い生き物が集まってきてマチオを取り囲んだ。


「グギギガ、ゴガ、ゲガガゲガ」

「この世界の住民か?」


 手に原始的な棍棒や石斧を持って威嚇する彼らはいわゆるゴブリンなのだが、生憎マチオはその手のファンタジー知識に疎かった。


「安心してくれ。俺は通りすがりのただのボディビルダーだ。君達に危害を加えるつもりはない」


 プロのボディビルダーとして世界で活躍するマチオである。


 言葉が通じなくとも礼を尽くせば気持ちが伝わる事は知っていた。


 だからマチオはサイドチェストでニカリと笑うのだが、生憎ここは異世界で相手は野蛮なゴブリンである。


 ゴブリン達はマチオのマッスルポーズを威嚇と受け止め、武器を構えて一斉に襲い掛かってきた。


「グゲゲガアアアア!」

「ふむ。暴漢の類か」


 もちろんこの程度で慌てるマチオではない。


 その筋肉一つでワールドワイドに活躍するマチオである。


 海外では銃や刃物を持った強盗に襲われた事が何度もあるし、ボランティアの平和活動として紛争地帯でのボディビル大会に出場した経験もある。


 この程度の荒事は茶飯事だし、その程度で慌てていてはプロビルダー失格である。


「人を傷つける為に筋肉を使うな。お前達の筋肉が泣いているぞ」


 一応説得してみるが、伝わった様子はない。


「暴力の為に筋肉を使いたくはないが、仕方ない」


 嘆息すると、マチオは岩のような拳を握った。


「鉄拳制裁だ!」


 ゴンッ!


 飛び掛かったゴブリンがマチオの拳骨を食らい、一発で地面に沈んだ。


 蛮族にも一欠けらの知性はある。


 ゴブリン達は一瞬で力量差を感じ取り、襲撃をやめて距離を取った。


「まだやるか?」


 最も筋肉質なポーズと言われるモスト・マスキュラーの構えを取って威圧すると、ゴブリン達は怖気づいて逃げ出した。


「む、待たんか!」


 彼らを放置すれば第二第三の犠牲者が出る。


 それを見逃す事はマチオのビルダー道に反した。


 ここで会ったがなにかの縁。


 異世界の住民とは言え、彼らも好きで強盗などやっているわけではないだろう。


 仮にそうだとしても、それは単に彼らがもっと他の良い筋肉の使い道を知らないだけなのだ。


「――ならば俺が道を示す。それが俺の、人々を筋肉によって幸せにするビルダー道だ!」


 決意の言葉と共に、マチオはマッソマッソとゴブリン達を追いかけた。


「……むぅ。なるほど。これは酷いな」


 たどり着いた先はゴブリンの集落だった。


 いかにも見すぼらしく、その日暮らしといった雰囲気の漂う場所だ。


 恐らく彼らは他者から奪う以外に生きる糧を得る術を知らないのだろう。


 だから安定した食を得る事が出来ず、不自然な身体つきをしている。


 マチオには彼らの筋肉のすすり泣く声が聞こえるようだった。


 一方のゴブリンは拠点まで追いかけてきたこの大男に心底恐怖していた。


 ただの図体がデカいだけの裸の人間だと侮ったのが大間違いだ。


 こいつはきっと新種のオーガに違いない!


 俺達はもうおしまいだ!


 そう考えて震えている。


 ゴブリンの思考など分からないが、彼らが恐怖している事はマチオにも理解出来た。


 だからマチオはニカリと友好的な笑みを浮かべると、ダブルバイセップスのポーズで敵意がない事を伝えた。


「心配するな! 俺がお前達に正しい筋肉の使い方を教えてやる! そして一緒に筋肉を育て、人生の幸福を掴もうじゃないか! ハッハッハ!」


 異世界の蛮族にマチオの言葉が通じるはずはない。


 だが、肉体言語筋肉は世界を越え、種族も超える。


 先程は聞く耳を持たなかったゴブリンだが、今度は通じた。


「「「ギガー!」」」


 ゴブリン達は直感的にマチオが自らの王となる存在だと理解して、次々に平伏していった。


 かくしてマチオはゴブリンの王となり、彼らに農業や狩猟、その他諸々の文化的な生き方と筋肉を育てる楽しさを教え込んでいく。


 やがてそれは奇妙な噂となってこの地を守護する聖騎士達の耳に入り、彼らに災いを招く事になるのだが――


 それはまた、別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【KAC】筋肉転生 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説