びっくりするほどマッチョピア

碓氷果実

びっくりするほどマッチョピア

 怖い話というか、怖おもしろい話になっちゃうかな。

 俺、筋トレが趣味なんだけど、ジムの怖い話って結構あって。ほら、ジムってシャワーあるから。女性更衣室だと排水口に長い髪の毛が〜みたいなのとかね。

 日曜の朝にたまに一緒になった若い男の子から聞いたんだよね。見た感じは学生みたいなんだけど、仕事終わりって言ってたから社会人のはず。

 そう、仕事終わり、平日ね。俺と話したのは日曜だけど、彼、平日は月水金と仕事終わりに来てたんだって。

 十一時に閉まるんだけど、彼が来るのがいつも九時半過ぎ、そこから一時間くらいトレーニングして、シャワー浴びたらもう閉まる直前でしょ。他に客もほとんどいないんだって。ドライヤーも隣に遠慮なく使えて良かったらしいんだけど、とある金曜日、もうひとり居たらしいんだよね。

 彼が右端の鏡を使ってたとしたら、逆の左端を使ってたって。まあ特に気にもせず。

 で、次の金曜、また居た。金夜固定の新しい人かなって彼は思ったんだって。その次の金曜に、気付いた。

 最初は一番向こう、次はひとつ右の鏡、今回はもう一つ右。

 あれ、近づいて来てね? って。

 気持ち悪いなとは思ったらしいけど、まあ彼とそいつの間にはまだ四つ分くらい距離があるから、なんか言うのもおかしいしさ。さっさと髪乾かしてそいつより先に帰るようにして。

 でも次、その次も近づいて来て、いよいよ鏡一つ分挟んだところまで来た。

 視界の端でちらっと見ると、男にしてはちょっと長めの髪で顔は見えなくて。髪からぼたぼた水が垂れててさ。

 そういえば、こいつ今まで髪乾かしてもいなかったなって気付いたんだって。ただ、鏡の前に立ってただけだった。濡れたまま。

 さすがに不気味で、彼は自分の髪も生乾きのまま慌てて更衣室出て、顔なじみのスタッフに言ったんだって。

 そしたらそのスタッフ、先週もその前の週も、退館したのは彼が最後だって言うんだよ。

 その日は一応スタッフが更衣室見に行ったらしいんだけど、やっぱりそんな男はいなかったって。

 これはもう、アレだなって。オバケだなって思ったらしいんだよ。

 で、次の金曜、俺が話を聞いた日曜の二日前なんだけど、いつもどおり彼はジムに来た。

「えっ、来たの?」って俺思わず聞いちゃったよ。

「だって、オバケが怖くてトレーニングサボるとか悔しくないですか? こっちは鍛えてるんだし、死んでるやつに負けるわけないっすよ」ってさ。

 実際、勝ったらしいんだよね。

 うん、トレーニング終えてシャワー浴びて、いつもの鏡の前でドライヤーしてたら、気付いたら隣に、例のやつが立ってた。

 そいつの髪から滴る水滴が洗面台に落ちてて、かなり嫌な感じだったらしいんだけど。

 彼、どうしたかって言うとね。キッと隣のそいつを睨んで、羽織ってたパーカー脱いで筋肉を見せつけたんだって。ボディビルみたいに。

 そしたら、しばらくしてスー……ってそいつ消えたんだってさ!

 びっくりするほどユートピアの亜種みたいな感じなのかなあ。

「やっぱ筋肉に勝るものはないっすよ」って彼が言うから俺も笑っちゃったよ。



 Iさんにつられて僕も笑った。趣味で怪談収集をしているが、こういう話は珍しい。

「面白いですね。その彼から直接話聞いてみたいです」

「あー、それはちょっと無理かな」

「ああ、まあジムで一緒になるだけの人ですもんね……」

「いや、彼死んじゃったから」

「は?」

「俺と話した次の週、金曜の夜に、ベンチプレス中に事故死って。ニュースにもなったんだよ」

 結局そのジム閉まっちゃったから、俺も今は別のジムに通ってる、と、Iさんはなぜか無表情に言ってビールを煽った。

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