筋トレ転じて

高野ザンク

トレーニングの結果

 自分のような運動嫌いかつ運動音痴の奴がスポーツクラブに通うだなんて、子供の頃の自分に言ったら信じてもらえないだろう。だが、30代半ばにして俺は毎週のジム通いを始めた。


 ついにはじまった中年太りの解消として、食事の量を減らすことで対処していたのだが、ある一定の体重から落ちることがなくなってしまい、ついにスポーツクラブの門を叩いたのであった。

 性に合わないと毛嫌いしていたトレーニングだったが、始めてみると、ランニングマシンも筋トレマシンも意外と簡単で、達成感もある。体重がグンと減ることはなかったが、3か月ほど通ううちに、意外にも運動が「楽しい」と思うようにさえなっていったし、トレーニングの後に大浴場の湯船に浸かるのが格別の癒やしになっていた。


 彼女に声をかけられたのは、そんな時である。


 まだ学生あがりといった感じの新人トレーナーで、お試し期間として格安でパーソナルトレーニングをしてくれるという。自信に溢れながらも年長者を立てるような口ぶりに好感を持ったのと(容姿もタイプのほうだった)、そろそろトレーニング内容をバージョンアップしたいと思っていたところだったので、“お試し”ならばとお願いすることにした。


 だが、これが予想以上にキツイものだった。


 レッグプレスはなんとかなったが、わりと得意だと思っていたラットプルダウンは正しいフォームだとやりづらいし、チェストプレスに至っては途中でマシンを押し返すことができずに、トレーナーに手伝ってもらって、やっとこさっとこノルマを終える。あまりのしんどさに、汗のみならず涙やら鼻水やらまで出ていたと思う。

 彼女はその間中、俺を励まそうというのか、あるいはテンションを下げないようにしているのか、始終笑顔を振りまくのだが、その笑顔が却ってSにしか見えず、純朴そうな体育女子大生的な容姿のギャップともあいまって、筋トレどうのよりも、彼女の表情や態度や掛け声などのほうが印象強く残っていた。


 きっと「トレーニング効率」という点では、自己流でやるよりいいのだろうけれど、そのキツさにはついていけず、結局彼女に、いや他のトレーナーも含めてパーソナルトレーニングを頼むことはなかった。もともと運動嫌いの俺は、自分の生ぬるいペースで淡々とトレーニングするのが合っていたのだろう。ただ、そのキツさの先に幸福感を感じたことも確かだった。


 それからしばらくたって、俺はスポーツクラブに通うのも辞めてしまった。


 そのかわり、今は別のクラブに通っている。


 そこでは中年太りでも構わない、というかむしろ太っていたほうがそれをネタにされるのが嬉しいし、筋肉よりも贅肉の多いほうが褒められたりもする。それに自分のしんどい姿を“トレーナー”が嘲け、、、もとい励ましてくれることになんとも達成感があるのだ。痛みを我慢しなければならないが、その痛みの先の幸福感はパーソナルトレーニングでのそれを上回っている。

 おそらく彼女の思惑通りではなかっただろうけど、俺が新しい世界に踏み出すきっかけを作ってくれたあのパーソナルトレーナーには感謝している。


〈終〉

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筋トレ転じて 高野ザンク @zanqtakano

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