僕、頑張ったよ!

 あれからさらに一ヶ月が経った。ジムのトレーナーのおかげで、効率よく筋肉をつけることができた。今の僕は誰がどう見たって力の強そうな男だろう。日曜日の今日はいつもよりも筋トレができるとあって、小躍りで家を出た。ジムに向かうのだ。

 

 家から歩いて十分。いつもなら真っ直ぐとそこへ向かうのだけれど、今日は本屋に寄ってからにしようと考えて遠回りをした。麗華ちゃんも好きな作家の本が先週発売されたので、それを買いたいからだ。

 

 本屋のある商店街の一画へと差し掛かったとき、見慣れた姿に僕は胸をときめかせた。正面から大好きな彼女が歩いてやってきているのだ。日曜日に偶然会うなんて、なんて運命的なのだろう!僕は大きく右手を挙げて振った。

 

「麗華ちゃん!」

「と、トシくん!?」

 

 ところが麗華ちゃんは僕の思っていた反応とは違うものを見せる。いつもなら可愛いツインテールを揺らして跳ねるように僕のところへと駆け寄ってきてくれるはずなのに、今日はただ狼狽えているのだ。

 

「偶然だね。本屋に来たの?」

「え、えっと……」

 

 彼女にしては珍しくしどろもどろだ。一体、どうしたというのだろう?

 

「お前、なに?」

 

 すると、麗華ちゃんの隣から怪訝そうな声が放たれた。そちらの方へと視線を向けると、眉間に皺を寄せた僕たちと同じくらいの年の男の子が立っている。麗華ちゃんの友達だろうか?

 

「えっと……。麗華ちゃんの彼氏ですけど……」

 

 そう言うと、その男の子は「はあ!?」と声を荒げながら、さらに眉間の皺は深くなった。

 

「俺が麗華の彼氏なんだけど。なんだ?お前」

「えっ」

 

 よく見ると、麗華ちゃんの右手はしっかりとその男の子の左手に繋がれていた。

 

「ど、どういうこと。麗華ちゃん」

 

 威嚇を強める彼からそっと目を離し、麗華ちゃんに事の真相を尋ねる。

 

「トシくん、ごめん。私、この人のことが好きになっちゃったの。トシくんにちゃんとお別れの言葉を言わなかったのは申し訳なかったけれど、私たちもう自然消滅したようなものでしょう?」

「え?ちょっと待ってよ。自然消滅?僕たちは別れていたってこと?」

 

 思ってもみなかった展開に僕の理解は追い付かない。追い打ちをかけるように彼女は「だってそうじゃない」と続けた。

 

「トシくんあれから私の作ったお弁当を食べてくれなくなったじゃない。お昼ご飯を誘わなくなっても、トシくんは何も言ってくれなかったじゃない」

「そ、それは麗華ちゃんが僕のことを応援してくれているのかと思って……」

「意味わかんない。私、そんなこと言った?言ってないよね。電話だって全然出てくれなくなったし」

「それはジムに通っていたから……」

「でも折り返しだってできるし、ジムに居るからってメッセージだって送れるじゃない。トシくん、私たちって教室で顔を合わせる以外、会ってなかったの気づいてた?それって付き合ってるって言うのかな?」

 

 青天霹靂とはまさにこのことだ。

 

「別れたいってちゃんと言わなかったのは謝る。ごめんなさい。でもクラスのみんなだって、私たちが別れたんだって思ってるよ」

「えっ!」

 

 クラスに友達の居ない僕は知らなかった。そんな噂をされていることを。

 

「トシくんのことを好きだったのは嘘じゃないよ。私の小さな願いを叶えるために筋トレを頑張ってくれたことだって嬉しかった。でも、それ以上にもっとトシくんと会話がしたかったし、会いたかったよ。今までありがとう。じゃあね」

 

 麗華ちゃんは隣に居る彼氏と名乗る男に「行こう」と声をかけると、二人はまるで僕が存在しなかったかのように歩いて行った。僕はただそこに取り残された。これからは入るはずの本屋にも、楽しみにしていたジムにも行く気が起きない。

 

 どうしてこうなった?僕はただ麗華ちゃんを喜ばせたかっただけなのに。

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お姫様抱っこ 茂由 茂子 @1222shigeko

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