お姫様抱っこ頑張るよ!
筋トレを始めて一ヶ月。努力の甲斐あって、なんとか筋肉がついてきた。放課後は麗華ちゃんに付き合ってもらいながら、一生懸命にトレーニングした。隣で彼女が応援してくれると、諦めるわけにはいかないと頑張れる。
「トシくん、だいぶ筋肉がついてきたねえ」
ある日の放課後、中庭の片隅でいつものように筋トレをしていた。二人とも体操服を着ている。最近は放課後に筋トレをして体操服で帰るのが僕たちの日課になっていた。夏が過ぎて涼しくなってきたから、トレーニングもしやすい。
「そうだね。麗華ちゃんのおかげだよ」
麗華ちゃんの言う通り、あんなにひょろひょろだった僕は、少しだけがっしりした体つきになってきた。腕の筋も出るようになったし、腹筋だって薄っすらと出ている。
「ねえ、ねえ。トシくん。お願いがあるんだけど」
例のごとく、彼女はつぶらな瞳でお願い事を唱えてきた。うっ。この瞳には敵わない。
「どうしたの?」
「ちょっとだけお姫様抱っこしてくれない?」
「えっ」
「お願い!トシくんの筋肉を感じてみたいの」
迷った。なぜなら、麗華ちゃんをお姫様抱っこするなら、最高のシチュエーションが良いだろうと考えていたからだ。でも、筋肉を感じたいなんて言われたら、それに抗うことなんてできない。
「今、してみていいの?」
「うん。トシくんにお姫様抱っこしてほしい」
ごくりと喉が鳴った。きっと今なら麗華ちゃんをお姫様抱っこできるだろう。
「分かった。おいで」
「やったー!」
僕が立ち上がると、彼女も立ち上がった。
「じゃあ、いくよ?」
「うん!」
右腕は麗華ちゃんの背中を支え、左腕は膝の裏へと滑らせる。
「怖かったら言ってね」
「うん!」
ふん!と力を入れて彼女の身体を持ち上げる。持ち上げる。持ち上げ……る。
「うわあ!すごおい!」
腕の中でとびきりに喜ぶ彼女が視界に入るが、僕はそれどころじゃなかった。ただ、踏ん張る。彼女を落っことさないように踏ん張る。
「トシくん、すごおい!お姫様抱っこだよお!」
彼女はぎゅうっと僕の首へとしがみついた。喜びのハグなのだろう。いつもの僕なら飛び上がるくらいに喜ぶところだ。だがしかし、今はそれどころじゃない。ただ踏ん張る。
僕は知らなかった。彼女がこんなに重たいことを。
麗華ちゃんは決して太っているわけじゃない。足だって腕だってウエストだって細い。そして小柄だ。だからそんなに重いはずがない。なのに、超絶重い。どうしてだ?そんなの決まっている。僕の筋力が足りないのだ。
「トシくんありがとう。もういいよ」
腕はもう限界でぷるぷる震えていたが、彼女を怪我させるわけにはいかない。最後の力を振り絞って、そっと彼女を地面へと降ろす。
「トシくん、よく頑張ったね。すごい!私のために本当にありがとう」
麗華ちゃんはそう言ってくれたけれど、僕は自分が許せない。麗華ちゃんを「軽々」お姫様抱っこするという願いが叶えられていない。
「麗華ちゃん、ごめん……!」
「え?」
「僕、努力が足りなかった!」
「どうして?」
「麗華ちゃんの憧れのお姫様抱っこをしてあげることができなかった」
「え?そんなことないよ。今、ちゃんとしてもらったよ!とーっても嬉しかったよ」
麗華ちゃんの眉がハの字になった。ああ、こんな顔をさせているのは僕なんだ。
「麗華ちゃん。僕に時間をくれないかな?もっと筋肉をつけて、必ず麗華ちゃんの思うようなお姫様抱っこをしてあげるから」
「そ、そんな。もう十分だよ」
「いや、ダメだ。僕が納得できない。それに、ロマンチックなシチュエーションで君をお姫様抱っこしたいんだ」
「トシくんがそこまで言うなら……」
「麗華ちゃん、ありがとう。僕、麗華ちゃんの理想のお姫様抱っこができるようにもっと頑張るよ」
「……ありがとう」
その日のうちに僕は家からほど近いジムへと向かい、申し込みをした。毎日のようにジムに通った。ジムのトレーナーの指導で、食生活も変えた。今までは麗華ちゃんが作ってくれたお昼ご飯を一緒に食べていたけれど、自分でお弁当を持っていくようになった。放課後は一緒に過ごす時間が少なくなってしまったけれど、これも全部麗華ちゃんのためだ。
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