お姫様抱っこ

茂由 茂子

筋トレ頑張るよ!

 高校二年生になってから、僕にとっては勿体ないほどの素敵な彼女ができた。名前は麗華れいかちゃん。つやつやの長い黒髪をいつもツインテールにしていて、その小柄な様相からうさぎみたいに可愛い。学年でも可愛いと男子から人気なのに、根暗な僕とも楽しそうに会話をしてくれる心優しい女の子だ。

 

 きっかけは席が隣になったことだった。僕が読んでいる本を指差して「これ、面白いよね。私も持ってる」と話しかけてくれた。そのうちに一緒に出掛けるようになり、付き合うようになったのだ。

 

「ねえ、ねえ。トシくん。私がちょっとだけ話してもいい?」

 

 ある日の昼下がり。中庭の一角で一緒にお昼ご飯を食べているときだった。ビニールシートを敷いて気分はピクニックだ。そんな中、潤んだ瞳で僕を見つめる麗華ちゃん。完全にノックアウトです。

 

「うん。どうしたの?」

「あのね。私ね。お姫様抱っこに憧れてるんだあ。いつかトシくんにやってもらいたいなあ、なんて」

 

 麗華ちゃんは「うふふ」と桃色の唇で笑った。お、お姫様抱っこだって!?お姫様抱っこだなんて……!目はにんまりと笑いながらも、口端をひくひくとさせた。

 

「お姫様抱っこ?」

「うんっ。ほら、すごく素敵じゃない?好きな人に軽々と持ち上げられたら。トシくんにひょいって抱きかかえられたら、想像しただけで胸の奥がきゅんってするもん」

 

 きゅんって鳴ったのは僕の胸だ。そんなに言われちゃあ、麗華ちゃんをお姫様抱っこしないわけにはいかない。ちらりと自分の細腕を見る。自慢じゃないが、僕はこれまで運動をしてきていない。運動部に所属したこともないし、今のところもやしのような体つきだ。これじゃあ、麗華ちゃんを軽々とお姫様抱っこなんてできないことは明白だ。

 

 麗華ちゃんに視線をやると、にこにこと期待の笑みを浮かべていた。彼女の笑顔を裏切るわけにはいかない。よし!!!今日から筋トレをしよう!!!麗華ちゃんをお姫様抱っこするために!!!

 

「麗華ちゃん!僕、頑張るよ!今日から筋トレ頑張って、麗華ちゃんを軽々とお姫様抱っこするために!!!」

 

 僕は立ち上がった。そして拳を突き上げる。麗華ちゃんも「本当に!?」と声を弾ませながら立ち上がった。

 

「もちろん!麗華ちゃんのためなら頑張るさ!」

「嬉しい!!!」

 

 うさぎのようにぴょんぴょんと跳ねながら、麗華ちゃんは僕に抱き着いた。

 

「れ、れいかちゃん……!」

 

「人が見てるから」と慌てる僕とは対照的に、麗華ちゃんはぎゅうっと僕を抱きしめる。

 

「待ってるからね。楽しみにしてるからね」

 

 つぶらな瞳で見つめられれば、周りの人からどんな視線を浴びていようと関係なくなる。彼女のためなら頑張れる。その日の放課後、麗華ちゃんと一緒に本屋さんへと向かった。もちろん購入した本は「正しい筋トレの方法」だ。


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