ましろのカンバスと黒のきせき

第1話

それは、古来、人を魅了してやまないもの。


僕は彼女の走らせる線の動きをじっと見ていた。

彼女が持っているのはありふれた鉛筆だ。

何も特別なところなどない。

どこにでも売っているもの。

簡単に手に入るもの。

それが、彼女の手にかかれば魔法の杖のように見える。

彼女の白い指が、美しい爪が、ありふれた木と黒檀でできたスティックを、鮮やかに装飾されたマジカル・ワンドに変える。

ワンドから繰り出される、魔法の軌跡。

真っ白いカンバスに次々と乗せられていく黒い軌跡は、最初は意味不明で、解析不能だけれど、徐々に姿を現していく。

まるでそれが意志を持って、蠢いているかのように。

僕はそれを見ているのが好きだった。


それは、古来、人を魅了してやまないもの。


真っ白なカンバスに現れたのは鬣を大きく、荒々しく振る、一頭の馬である。

光沢を帯びた黒い線の集合であるその馬は、豊かな鬣を振りあげ、隆々とした、それでいてしなやかな肉付きを惜しみなく露わにしている。

一見、華奢にも見える美しくもたくましいその足は、今にも動き出しそうだ。

彼女の受け売りではあるが、その美しい獣は、画家たちの間で何度も画材とされてきた。

時に躍動感を現し、時に静けさを感じさせるその風貌は、人とは違いすぎるほど違う骨格と、しなやかに動く筋肉の動きに裏打ちされた、比類なきテンプテーション。


それは、古来、人を魅了してやまないもの。


彼女もまたそれに魅了された画家のひとりであり、彼女のスケッチブックには数えきれないほど何頭もの馬がいる。

彼女は一度はまり込むと、飽かず一つの題材を次々と書き連ねていく。

彼女の中に、一頭でも多くの馬の情報を、取り入れようとするかのように。

効率とか、要領とか、そういうことは彼女には関係ない。

ただ、ストイックに、自分の中にそのデータと感覚を積み上げていく。

その行為自体に、すでに意味があることだと言わんばかりに。


やがて、何頭もの馬のデータを絶妙に絡め合わせた、彼女にとって最高の画が出来上がる。

それを満足げに見つめて、彼女は、


ね、美しいでしょう。


そう言って微笑む。

そんな彼女に、僕は夢中であるのだ。

彼女が馬に対してそうであるように。


それは、古来、人を魅了してやまないもの。


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ましろのカンバスと黒のきせき @reimitsuki

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