悦びあれ

当たり前のように昼ごはんを食べて、そんな感情を無意味に頭に浮かべて、ノートに書こうとペンを握り、やっぱり止めたりしていれば、一日は過ぎていく。



母は買い物に行き、父は自分の部屋にいる。浩也がリビングの椅子に独り座り、ぼんやりと考え事をしているところに風呂上がりの弟が来た。浩也はそれなりに真面目な顔で弟に尋ねる。

「なあ、ちゃんと毎日やっているか?」

浩也は仕草を交えて、それを弟に示す。

「なんだよ兄貴~、急にそんなこと聞いてきて。うん、ちゃんとやってるよ」

弟は少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。

「調子は?」

「なんだよそれ~」

さらに顔を赤くしているあたりは、まだまだ彼も子供だなと感じざるを得ない。だが、「良いよ」と言ってリビングを出ていこうとする弟の顔が、若干にやけているのを浩也は見逃していなかった。


またリビングに独りになった。


立ち上がり、部屋の周りを見回すと文房具入れが目に付いた。母が新しく買ってきた、木の皮が編まれた洒落っぽい籠に鋏やら糊やらペンが入っている。それをしばらく見つめていると、ふと思い立った。思い立ってしまった…。


カッターを手に取り、当てては離し、当てては離すを繰り返す。重ね合わせ、切る仕草をしてはため息をつく。そしてまた、当てては離す。


車がバックする音が聞こえてきた。母が帰ってきたようだ。速やかに刃をもとに戻し、そうしてゆっくりと籠に戻す。我に帰ったようだった。またぼんやりと、考え事を始める。


ーーー

俺は五人に一人の存在。20%。20%の男…。

治すかどうか、そのまんま過ごしていくかどうかは未だ決めていない。でも、そろそろゴールデンウィークも終わり、忙しくなるだろう。今はただ、


弟含む四人に、残りの80%に、喜びあれ



そんな風に考えて、言い聞かせて、俺は今日も逃げている。

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無性 十九歳、五月のある日 忌川遊 @1098944

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