スキルの名は、速筋

凰 百花

高校1年生のあの夏休みを忘れない

 それは高校一年生の夏休み、友人たちでダンジョンに行くことになった。ダンジョンが世界的に突如現れたのは200年くらい前らしい。それまで存在していなかった魔物が現れたり、ダンジョンに入って魔物を倒すとスキルやアイテムを得ることができたり、魔物からもたらされる魔石をエネルギー源にしたり、色々あったんだそうだ。それまでは魔法なんて無かったと言われても、現在それが当たり前のようにある世界に住んでいる僕らにとっては想像が難しい。

ただ、魔法を使えるようになるには、ダンジョンに入って魔物を倒し、スキルを手に入れるか、神社のスキル持ちの神主さんに授けてもらうかしかない。最初から持ってる天然モノは滅多にいない。神主さんがもつ【天恵】は人にスキルを授けるスキルだが、基本的には生活魔法を授けるものだ。18歳になると氏神様まで行ってそれを授けてもらう。それ以外のスキルを手に入れるには、ダンジョンに行くという話になる。ダンジョンだとランダムではあるけれど様々なスキルが貰える。探索者登録は15歳から可能だ。


 というわけで、夏休みに友人たちと探索者講習会を受けてダンジョンに入った。初心者用のG級ダンジョンは、1階層にはスライムしか出てこない。ここでほど良いスキルを手に入れてレベルを上げ、2階層の単独で出現するゴブリンやコボルトにチャレンジというのがセオリーだ。


「よし、【火魔法】ゲット!」

「お、おれ【剣術】だ」

 友人が次々とスキルを手に入れていく。僕は3匹スライムを潰したのに、まだ何も手に入らないのでだんだん焦ってきた。人によってスキルをもらえるために必要な数が違うらしいが、皆は1、2匹でスキルを手にしていた。友人たちはファイアーボールやウインドカッターなど、手に入れたスキルでどんどん進んでいく。


 僕が漸くスキルを手にしたのは7匹目を潰したときだった。

「やった。スキルだ。えっと【速筋】?」

「なんだそれ、聞いたことないな。速筋て白身魚だよな」

使ってみようということになり、スライム相手に使ってみた。これがすごいスキルだった。3分間は無敵状態、世界が止まって見えるほど素早く動けるし、力も強い。だが、3分間が終わると疲労困憊になった。クールタイムは3時間。


 ダンジョンを出た時、僕は無口になっていた。友人たちは効果的なスキルを手にしレベルも上がり、下の階層へと行きたいという話になった。僕はあの後、疲労困憊であまり動けないでいたので、完全に足手まといだった。スライム相手だったから良かったものの、一緒に2層には行けそうもない。

「あのさ、下の階層は皆で行って来いよ。僕は、まあ、いいよ」

僕は笑ってそう言って友人たちと別れた。僕が離脱するという話をした時に、友人たちがほっとしたのを見るのは仕方ないけど辛かった。でも、友人達の負担にはなりたくない。


 次の日から、体力をつけようと朝早く起きてジョギングを始めた。それからネットで調べて筋トレも始めた。【速筋】なんてスキルだから筋肉を鍛えようと思ったのだ。因みにスキル【速筋】を調べてみると、クールタイムが長すぎるのであまり評判が良いスキルではなかった。魔物を倒し続ければ、新たなるスキルも手に入るはずだ。それからも毎日一人でダンジョンの1層に通い、【速筋】を使って自分の体力がどれくらいまで耐えられるかなども検証した。

 そして、夏休み最後の日、新しいスキルを手に入れた。【遅筋】という名のスキルを。

「は?」


 あれから10年が経った。僕は、現在トップランカーの探索者として活躍している。【遅筋】はパッシブスキルで持久力などを上げるものだった。おかげで【速筋】使用後の問題が減った。ただ、残念なことに魔法スキルはまったく得られなかった。神社で【生活魔法】は授かったが、それ以外はすべて身体強化系のみだ。武術系スキルは【拳王】だったしな。


 先日、ドラゴンをタコ殴りにして倒して思ったね。筋肉、最高。

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