鍵穴くんの暇つぶし

うすしお

鍵穴くんの暇つぶし

 まったくもう、なんだよ令斗君ったら!(いや、正しくはこうちゃんなんだけど)


 普通さ、不思議な存在が家にやってきたら、運命的なものを感じて学校に連れて行ってドタバタ展開! みたいなことになるんじゃないの⁉


 なのになんでだよー! 『僕の部屋でおとなしくしてて』、だとー⁉


 ……なんてことを、僕(俺)はこうちゃんの部屋の中で一人思う。こうちゃんはもう学校に行っている。


「ああもう! 退屈!」


 そんな声を上げながら、俺はこうちゃんのベッドの上で寝転がりながら、丸い手で布団をポコポコ叩く。


 そんなことにも飽きてしまい、俺は布団の中に顔をうずめる。


 するとちょっとは冷静になれて、今、俺はこれから何をすべきなのか考え始めた。


 どのようにして俺がここに来たのか、俺は思い出す。


 俺は鍵穴くんの姿になって、秘密基地の中で眠っていると、俺の体に入っているこうちゃんが助けを求めている夢を見た。


 街中を探して見つけたのは、俺の体の中に入ったこうちゃんだった。


 初めてその時のこうちゃんと会話をして、俺はこうちゃんがとある悩みを持っているんじゃないかと思った。


 まずなぜ、死んでしまったはずのこうちゃんが俺の体の中に入っているのか、という疑問があったけれど、考えても仕方ない。


 とにかく俺は、こうちゃんが記憶喪失になっているのではないかと思ったのだ。


 だって、この鍵穴くんの姿を見ても、俺の体に入ったこうちゃんは何も反応しなかったのだ。鍵穴くんを最初に描いたのはこうちゃんだ。その本人が鍵穴くんの形を見て何も反応しないってことは、これって、確実にこうちゃんが記憶喪失している証拠になるはずだ。


 多分、こうちゃんはそのせいで多くの悩みを抱えているんじゃないか? だから、俺はあんな夢を見たんじゃないのか?


 ……。


 なんてことを考えると、頭が痛くなってきた。


「俺、そんなに頭回らねーよー! 探偵でもあるまいし!」


 そう言ってまたポカポカと布団を叩く。


 そうだ! 今のこうちゃんの部屋(元、俺の部屋)の本棚どうなってるんだろう!


 俺はベッドを飛び降り、本棚の前に立つ。


 一番下の隅っこには埃のかぶったオセロのボード。その上にはぼろぼろになった昆虫図鑑や恐竜図鑑などなど。五段目には、俺の大好きな漫画がある。


 そうだ! これ、久しぶりに読んで退屈を紛らわそう!


「うーん!」


 そう思って腕を伸ばすけど、なかなか届かない。


 だから、俺は勉強机の椅子を転がして本棚の前に持っていき、椅子に飛び乗った。


「うーん! とどけーっ!」


 そう言って腕を伸ばす。何とか背表紙に触れることはできたけど、その上まで手が届かない。


 そうやっている間に、椅子がコロコロと右の方向にずれ始める。


「あっ、やべ……」


 俺は椅子から落っこちてしまい、視点が一番下の段までがくんと下がる。


「はあー。もう昼寝するかー」


 最初に鍵穴くんのイメージっぽいキャラクターでこうちゃんと接するつもりだったけど、別にキャラ変えなくても俺は普通に鍵穴くんっぽいキャラクターになっているのではないか? などとほっぺたを床にくっつけながら思った。




 俺は椅子を元の位置に戻して、こうちゃんのベッドの上で眠る。


 俺の眠りが覚めたのは、玄関のドアが開かれた時だった。


 その頃には、この部屋に夕日が差していた。


 こうちゃんだ! と思って階段を下りた。


 しかし、玄関にいたのは、俺のお母さんだった。買い物バッグをさげて、ちょっとるんるんな表情で靴を脱いでいた。


「あ、おかあさん……」


 俺はそう声に出す。俺があんなことをしてしまったのがフラッシュバックして、俺は落ち込む。


「え? なんか声したけど……」

 

 すると、お母さんがそう声を上げた。


 ……え、マジで? 聞こえるの?


 俺はささっと両手を口に当てる。


「まいっか」


 そう言ってお母さんはリビングの方へ向かい、手洗いなどもろもろの準備を済ませ、カレー作りに取り掛かり始めた。


 俺はそんな様子をリビングの入り口から何分も見ていた。




 お母さんが野菜を炒め始めたころ、玄関のドアが開かれる音がした。


 今度こそこうちゃんだ! 俺はそう思い、俺の体の中に入ったこうちゃんの方に向いた。


「おかえり!」

「おかえり」


 俺とお母さんのおかえりが重なった。









 ……こうちゃん、俺がいなくても、元気にやっていけるよな。


 いってらっしゃい。


 


 


 

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