修羅…32

京の夏は例えようもないほどに暑い。江戸から京に来て暑さ寒さが体にこたえる。京の気候は体に悪いと思えるほどだ。

夏の京と言えば祇園祭が有名らしい。去年は物珍しさが勝って暑さも楽しめていたが、この年は楽しめる暑さではなかった。

祇園祭が近づいてきた頃、屯所に1人の男が囚われやって来た。


歳さん、それくらいの苦痛じゃ人は秘密を吐露しませんって!


何やら京の平安を脅かすことを企んでいると会津に知らせが入り捕まったのがこの男だ。

その計画とやらを吐かせるため、歳さんはあの手この手を講じているが肝が据わった人物らしく、いっこうに話そうとはしない。


体の痛みに慣れた者、苦痛に耐える精神力があるものに対して肉体的な苦痛はさほど効果がない。

痛みは次第になれてしまい、体が麻痺するので痛みは分からなくなる。

そして精神的に追い込まれ自分を放棄して吐露するか、死に至るまでの苦痛に耐えるかになる。

幼い頃から散々っぱら虐待されて来た俺の実体験だった。


じゃ総司、お前どうすりゃいいと思う?


そうだぁねぇ…何かこう今までにないものを使うってのはどうだい?


今までにないもの?


歳さんは蔵の中に目線をやり五寸釘を見つけて高々と上に上げた。


なぁ総司、こんな長い釘を打ち込むってぇのはどうだ?


いいかもしれませんねぇ。


その長い釘を拷問を受けてる人の前に持っていき、長さを見て貰う。

それまで声を上げなかった男は

「ひぃっ」と低い叫び声をあげた。


恐怖におののいた表情からすると、もう少しで吐露するだろうと思ったので蔵を出た。

その後で、この男達の計画が暴かれ祇園祭の日に池田屋をはじめとする探索をすることになった。


情報を得ているとはいえ、どこで変わるか分からない。

またこちらも、今から戦闘態勢に入りますと分かる様では浪士たちの集まりも中止になることもあるので、祇園祭当日は各々分かれて屯所を出て祭りを楽しみに行くような体で出かけていった。


出先で着替えをしながら、まるで赤穂浪士の様だと左之さんや永倉さん達と笑いあっていた。


夏風邪なのか体調不良の隊士も多く、あの山南さんも寝込んで出動できる状況ではなかった。

戦闘になれてない隊士も多く、組み分けするのも困ったようだが、少数精鋭と人数が多い組に分かれての編成となった。腕に覚えがあっても人数が少なく相手方の人数が上回れば命取りになる。


それも含めての編成だったが、隊士に命拾いしたいかどうかなど選択の余地はなかった。

俺はいつ死んでも構わないのでどっちになっても平気だった。

ただ、近藤先生は局長としての役目が多く最近は剣の稽古もなおざりになっていた。

ご自分も心配だった様で、俺に側にいる様に命じた。


そして、近藤先生は池田屋に入り「御用改めである!」と宣言すると自分は立ったまま

手を上げ俺に最初に入れと合図した。

ここから池田屋の戦闘が始まる。


室内は暗く夜戦と同じ。ただ鴨井の高さが低いので大きく振りかぶると刀が柱に当たる。

ここは突きで戦う方が有利だと感じた。暗闇とはいえ理心流の奥義には真っ暗な中での戦闘を

想定したものがある。普段から見えなくても人の気配などを感じて動く様に鍛錬していたので

隠れている者の気配を感じることも出来た。


ある程度戦いが収まった頃、体の中から血の匂いがこみあげて来た。

きやがった… ここのところの不摂生がたたったのか時折こうなる。

血の臭いに咽た声に浪士が反応して来た。態勢を崩していれば勝てると思ってるらしい。

仕留めたと感じて近づいてくる男の顔を見た。意識が薄れているのは確かなことだが

申し訳ないが無意識でも体が反応する様になっているらしい。

気が付いたらその男は目の前に倒れていた。


歳さん達が来て静かになった池田屋の辺りがまた騒然としてきた。

ことの始末を終え、歳さんの肩を借りて屯所に戻ったのは夜が明けてからになった。

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めての盃、ゆんでの桜 ~京都編~ サクラ堂本舗いまい あり 猫部(ΦωΦ) @hinaiori

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