第2話 呼び出し

 警察官からの事情を聴かれた後は帰ってもよいと言われたので、仕事をするために走って来た道をUターンして、別の迂回路から会社に向かった。すでに10時をだいぶん過ぎた時間だった。上司には通勤途中で事故が起きたことを連絡しているので問題はないのだが、どんな事故だったのかは同僚達は興味深々だったようで、昼休みに根ほり葉ほり事故の様子とその後の警察官とのやり取りを話すはめになった。


 昼休みの会社の同僚からのしつこい尋問が終了し、ちょっとぐったりとした。事故を目撃した衝撃はやはり心のどこかに潜んでいる。食べ終わったランチも腹の中に納まっているはずなのだが、今一つ食べ終わった気にならない。精神的なショックは、その瞬間よりも、しばらくしてから感じる事のほうが多いのかもしれない。

あの時、車両に乗っていた人を救助にいくべきだったのだろうかなどと、できもしないことを妄想したり、自分だったらどうなっていたのだろうといった空想がよぎる。そんな事を考えながら、午後の仕事をこなして定時で帰宅の途についた。


帰宅後の夕食時に家内には、今朝の踏切事故の出来事を話した。


「へぇ~、大変だったんだね。ぶつかった車に乗っていた人は助かったの?」


家内は一通り私の話を聞いた後に、ごく普通の返事をした。


「車に乗っていた人が結局助かったのかどうかはわからないよ。僕が警察官に話をした後は、すぐに会社に向かったからね。レスキュー隊が横転した車から救出作業をしていたけど、その人は救急車で運ばれちゃったから、結局どうなったかはよくわからん」


「ふ~ん。たぶん年輩の人が起こした事故だと思うけど、最近は年寄りの事故が増えたね。免許返納をしたくても、こんな田舎じゃ生活できなくなっちゃうから無理だしね」


「そうだよな。本当そう思うよ」


田舎で車を使わずに生活するには、買い物にいくにしても、病院に行くにしても年寄りには不便なことがおおい。いくら時間があるといっても、少しは便利な生活をしたいのは普通の心情だと思う。


そんな会話をした後、キャンプに行ったときの道具の整理をすることにした。一昨日も近くのキャンプ場で一泊したばかりなのだ。しょっちゅう行くわけではないが、たまにソロキャンプに行く。家内や息子たちも一緒に行ってくれれば家族でキャンプを楽しめるのだが、あいにく私以外は全てインドア派なので、アウトドアには全く興味さえ示さない。ソロキャンプといっても独りで気楽に楽しめるし、森林浴などで気分もリフレッシュできるのだから、自分だけの優雅な楽しみだと思っている。


ソロキャンプなので設営から食事の支度まですべて一人でこなす必要がある。今回はいつもよりか値段の張るおいしそうな牛肉を近くのスーパーから仕入れてきて、贅沢カレーを作るつもりで張り切って行った。愛車のジムニーに一人用テント、シュラフ、キャンプ用食器、焚火用品と焚き火用のまき、メインディッシュの食材を後部座席をフラットにした車内に詰め込んで、お昼から出かけたのである。キャンプ場についてからはテントの設営、焚火の準備をしたあとは、近くを散歩した。だいぶん暖かくはなってきたが、森の中ではちょっとヒンヤリとする。生い茂る木々の中では季節も春めいてきていたので、木々の花が綺麗に咲き乱れてはじめていた。近くにキャンプをしている人たちも見かけなかったので、ちょっとだけ寂しげな雰囲気ではあったが、孤独のグルメと称して豪華カレーの製作に取り掛かった。

 まずは食材を切り分け、ちょっとだけ豪勢な肉を焼き始める。肉に焼き目が付いたあとは、ニンジンや玉ねぎなどを炒めてから、水を足す。火加減を調節しながらぐつぐつと煮込んでいると野菜の甘味を感じるにおいがする。最後にカレールーを溶かして出来上がりだ。カレーが出来上がった後は、ごはんの準備。飯盒に米を入れて、洗米した後に、焚火にかけて炊き上げる。ぐつぐつと煮えてきた後は、飯盒をひっくり返して蒸す。これでおいしい御飯がいっちょう上がり。そのあとはビールを上げて、ディナータイムである。

 誰もいない森の中で優雅なディナーを楽しんだあとは、焚火をみながらウィスキーをちびちびと飲むのが大好きだった。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


「今回も楽しかったな。次回はどこに行こうか」


そんな事を考えながら、使った道具を磨いている。テントを設営する際に溝を掘った時の泥がついたシャベルを最後はきれいに拭きあげて、車庫にある倉庫の定位置に戻した。


 事故に遭遇した2日後に、警察書から連絡がきた。もう少し聞きたいことがあるので今度は本署に来てほしいと担当の警察官から電話があったのである。聞きたい事もあるだろうが、提出しているSDカードも返却してほしいので返してほしいと依頼をしたら、検証も終わったので返却しますと返事があった。それから、来庁する時間は朝9時に来てほしいとことだった。


 仕方なく会社には事情を話して、警察から事情聴取の依頼があるのでどうしたらよいかを上司と相談したが、会社の制度として事情聴取に対して特別休暇を与えるといった規則はないので、結果として有給休暇を取得することになった。こんな事で有給を消化するのはいささか不本意ではあるが、警察に逆らう事などは考えてもいなかったのであきらめる事にした。


指定された日の朝は少し早めに目が覚めた。警察署までは車で10分程度で着く距離ではあるが、いまさら何を聞きたくで呼び出されなくてはいけないのか納得できていない。もちろん聞きたい事などが何かは、はなしてくれないし、電話口では説明できないのは分かっているが、自分が知っていることは全て話をした後でもあり、おまけに衝突時の画像データまで提供しているのである。これ以上、何を話せばよいのだろうかと考えた。


休暇を取っているので、ジーンズにカッターシャツといったカジュアルな服装に着替えた。家内は朝早く仕事にでてしまっているので、ごはんと納豆で朝ごはんをとる。まだ、時間もあるのでテレビをつけて報道番組をみていた。女性キャスターが2つ目のニュースで、一昨日、近くの森で遺体が発見されたというニュースを報じていた。40歳くらいの男性で頭部に何かで殴られた後があり、現場付近で警察が凶器を捜索をしているということだった。


そのままテレビを見ながらしばらくリビングで時間を過ごしたが、約束の時間も近づいてきたので、車のキーを取って玄関から家を出た。車に乗り込んでエンジンをかける。駐車場から車を公道に出すと、ゆっくりと左折して警察署に方角に向かって走り始めた。そらは曇天という言葉に当てはまるような重苦しい雲行きになっている。

大きな通りにでると、しばらく長い直線道路を走る。小さなオフロード車であるが公道でも快適な走りをしてくれるのが、私は気に入っている。


警察署には指定時刻の5分前についた。署内に車をいれると開いている駐車スペースに停車する。車から降りると隣のパトカーに複数の警察官が乗り込もうとしていた。正面玄関から入り、どこが受付だかわからないので、女性警察官に聞いてみた。


「あの、昨日電話をもらってここに来るように言われたのですが、どこにいけばいいのでしょうか」


「少々おまちください。あっ、お名前を教えてください」


私は自分の名前を彼女に告げた。


カウンターの奥にある机にいた制服を着た男性が私のところにやってきた。


「ご苦労様です。では、こちらのほうへおいでください」


男性警察官が案内してくれたのは応接室ではなく、刑事ドラマでみるような取調室のような場所だった。


「こんなむさ苦しい部屋で申し訳ないね。警察も場所が足りなくてね。汚い椅子ですけど、どうぞ、おかけください」パイプ椅子しかない部屋で空いている椅子に座った。


「まずはSDカードの返却についてですが、今持ってきますのでちょっと待ってもらえませんか」


「はい」とそっけない返事を返した。


しばらくすると、袋に入ったSDカードを男性は持ってきた。


「これで間違いないですか」


「中身をみないとわかりませんが、形状は私のものだと思います」


「ああ、こちらにお預かりした場所と時間、氏名がかいてありますので、確認してください」


確かに場所、時間、氏名が書いてあり、事故が起きた場所の住所、時刻で間違いはなかった。それから、自分の氏名も間違いはなかった。


「大丈夫そうですね」私は答えた。


「それでは確認書にサインをしていただけますか」


差し出された確認書に自分の住所と氏名を書き込んだ。書き込んだ書類を男性に渡すと、内容を確認した。

これで終わりだな。早く帰ろうと思ったが、次の瞬間、以外な一言を男性が発した。


「これから刑事課の者がきますので、ここで少しお待ちください」


事情聴取は制服の警察官ではなく、なぜ刑事課の人間が来るんだ。なぜだ。どうしてなんだ。ただただ私は混乱した。

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