砂浜の音と海月
空乃晴
第1話
さざ波とともに、救急車のサイレンがまだ耳に残っていた。
あれからもう何十年も経つというのに。
あのときは確か、まだ魔法の杖がにぎれなかった年だ。
皮肉にもクラゲの絵が砂浜に描かれている。
特徴はとらえられていた。少しいびつだ。
遠くで小枝を魔法の杖にみたてて遊んでいるこどもがいる。
桃色の貝殻がふちどられていて、夕日色にそまった。
帰ってこないことは理解した。何度祈っても、よみがえらない。
悔しかった。オレンジ色の波は、当時を思い出させるような鮮明さがある。
こどもたちの歓声が悲鳴に変わった。昔見た景色と重なるような悲鳴だ。
安物の指輪をはめた右手に、魔法の杖をふりかざした。この砂浜でとれた貝殻に、アレンジを効かせた指輪だ。
白い透け感のあるスカートをなびかせた。
狂暴なクラゲが海からはいだした。半透明な身体が、夕日色にそまった。
クラゲは魔法の光をあびるなり、海に帰って行った。
こどもたちを安心させるように肩越しにふりかえり、笑ってみせた。
「ここはクラゲの海だから、注意しなよ」
「ありがとう」
「クラゲがでるなんて、知らなかった。お姉さん、かっこいいね!」
おさげをした女の子が、小さな枝をにぎり、目を輝かせた。
もうひとりのこどもが、指輪に気づいた。
「いいな、この指輪」
「これは私のお守りだ。だけど、あなたにプレゼントしよう。仲間を守れるくらい、強くなって。後悔しないように」
昔の自分に言い聞かせているみたいだ。
希望のある未来のこどもの手に、そっと指輪を渡した。
日焼け止めを丁寧にぬった。白い透け感のあるワンピースのすそが、座った拍子にひろがった。海にただようクラゲのようだ。服に海辺の見回りの副長の証である、青い刺繍がほどこされている。
こどもたちを助けてから、一年が過ぎる。あの背丈から、あの子たちも学校へ入学しているころだろう。
宿の窓際に座り、クラゲの海を眺めた。今日もさざ波とともに、サイレンが耳にまとわりつくように残っている。
「時間ですよ」
未来のこどもたちを眺めていた。あの子たちもいる。
過去に引き戻されたように、隊長が声をかけた。
窓辺に手をつけて立ち上がり、隊長に頭をさげた。
「もう私にはこのワンピースは似合わないわね」
「そんな。あなたのためにあるようなワンピースです」
テレビでも漫画でも、ヒーローの証はいつだって赤色だ。その色をした刺繍をほどこしたワンピースを着こなしている。
海辺の見回りの仲間たちが、外で歓迎するかのように待っていた。
部隊たちが並ぶ列の端の空白で、こどものころ助けられなかった命の面影を見た。
私と隊長は向き合った。命の面影は視界からそれた。過去の自分に後悔した。ここに空白があるなら、なおさらだ。本当は、一緒にこの列に並んでいただろうに。どちらが先に隊長になるか、夢を語っていたはずだった。
隊長が手にしていた、豪華な魔法の杖を手渡した。
「あなたには守れなかった命が、幼きころにあったのを私は覚えています。でも、あなたにこの務めを託したのは、その過去があったから。もう何も失いたくない想いが、あなたをさらに強くさせることでしょう」
目頭がじんわりと熱くなった。震える声で礼をのべたとき、失った命の言霊がきこえた気がした。部隊たちが並んでいる列から前へ来て、
左手を触れあった感触があった。隣には誰もいないのに。
許してくれるのですか。過去の私を……。
それならば、私も、過去の私を許します。
前に助けたこどもたちが、海辺の見回りの近くにいる。小さなクラゲから少女をひとり守っていた。
もうおもちゃの小枝はもっていなかった。真剣なまなざしだ。右手には、私がプレゼントした指輪をつけている。
その光景を横目で見たあと、元隊長の目を見た。彼女の瞳はあたたかみをおびていて、私を静かに歓迎してくれている。隣にいたはずの命も、きっとそのはずだ。
さざなみとともに救急車のサイレンは、波にのまれるかのように、薄れていった。
砂浜の音と海月 空乃晴 @kyonkyonkyon
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