第4話 「また来てくださいね」

 『ルルと白い竜』。

 それは私が小学生の時に好きだった童話だった。

 とある山奥に住む少年ルルはある日美しい白い竜に出会い、村の人たちに内緒で竜と友達になる。

 だがやがてその存在を知った村人たちによって竜は無惨にも襲われてしまう。

 最後の力を振り絞ってルルの元へと帰ってきた竜はルルの懐の中で生き絶えるが、ルルはその竜の骨でフルートを作る。

 フルートの音はまるで竜の鳴き声のようにいつまでも美しい音色を奏でた。


「どうしてこの本が好きだったんですか?」


 岡崎さんが私に尋ねた。

 長い長い質疑応答の末、ようやく唯一無二の本が見つかった後でも、その声色に問い詰めるような雰囲気は一切ない。ただポンとそこにおいただけのような質問だ。たとえ何も答えなくても岡崎さんはきっと怒ったりしないだろう。

 だけど私は口を開いた。

 ゆっくりと、考えながら言葉を紡ぐ。


「それは、ルルと竜の友情に感動して──」


 違う。そんなありきたりな理由じゃなかった。

 みんなと同じじゃなくていい。自分のことを話さなきゃ。


「し、死んでも笛にしてもらえた竜みたいに、私も誰かの心に残りたいと思った。自分がいなくなってもきっと誰かにその存在を残せる、そんな死生観に心を打たれたんです」


「作文のお題は『私の大切な一冊』でしたね。きっとピッタリの本が見つかったと思います」


 岡崎さんは今度こそ満面の笑みを浮かべた。

 私は目尻に浮かぶものを堪えながら深々と頭を下げた。


「本当にご迷惑をおかけしました……」


 終わった今ならわかる。私は「好きな本を探すお手伝いをしてください」とただ素直にお願いをすればよかったのだ。

 それなのに、まるで有隣堂のスタッフさんたちを試すような真似をしてしまった。

 どんなに頭を下げてもしきれない。


「郁ちゃーん。こういう時はごめんなさいよりむしろさぁ」


 ミミズクの陽気な声が聞こえる。


 えっと、と少しだけ言葉に詰まった後、ぴったりの言葉を見つけた私は、


「ありがとうございました!」


 と再び深く頭を下げた。


「どういたしまして。また来てくださいね」


 私は購入した『ルルと白い竜』と、お母さんのお土産に買ったドライフルーツを胸に抱え、岡崎さんとブッコローにもう一度頭を下げて、有隣堂を後にした。


 その後、書き上げた作文の発表が担任に絶賛され、県が開催する書評大会に出ることになるのだが。

 それはまた、別のお話。

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