その大腿直筋は俺の手には届かない

サドガワイツキ

第1話

 放課後の校庭を見下ろすと、一人で陸上のユニフォームを着て走っている女子がいる。

短く切った髪に日焼けした肌にそして贅肉を落としきり薄く筋肉の乗った身体は遠目に見ても芸術品のように思う。

 その女子は伊藤響子、俺の幼馴染の女子である。


 高校に入学したときは俺も将来を期待された陸上の選手で、1年の時は部活に精を出していた。響子は俺がやっているからと陸上を始めて、努力で才能を磨いていった。あの頃は毎日が楽しかったと思う。


 しかし俺は信号無視の老人の車に撥ねられ、怪我の後遺症で陸上選手としての生命を絶たれてしまった。それから俺は部活動から離れて、ただ怠惰に高校生活を送るだけになってしまった。


 それからしばらくして響子が陸上部のエースと付き合いだした、という噂が広まったが、冬休み明にはそいつが「伊藤とヤった!」といって自慢げに話し、その行為の写真を男子達に見せびらかし情感たっぷりに自慢していたのを聞いて嫌な気持ちになった。

 あまりに胸糞が悪かったし、響子の気持ちを踏みにじる行為にそいつの胸倉を掴み、スマホを取り上げて教師に訴え出たが部活動の成績を期待されているからと言ってもみ消され、揚げ句に俺が素行不良の暴力野郎というレッテルを貼られる始末。そこにあったはずの証拠は消されてしまい、当の響子からは軽蔑の目で見られ蔑まれた。別に感謝してほしかったわけではないしそれで惚れてほしかったわけじゃない。ただ、理解だけはしてほしかったが響子は彼氏の言葉を信じた。

 俺は何もかもが馬鹿らしくなってしまった。


 学校も教師もクソだ、と思った俺は高校生活を灰色で送る覚悟を決めて、そこからは一心不乱に勉強を続けた。結果、体育会系で学力で言えば下の方だった俺はいつのまにか学年トップの成績まで上り詰めた。もともと体力はあったし、日々努力すること自体は好きだったから。母親もそんな俺を応援して塾に通わせてくれるようになったのも大きかったと思う。


 遠方になるが国立の有名大学への進学も間違いなくいけるようになると教師たちが一目置いたりゴマをすりだしたが、


「暴力野郎ってレッテル張りしておいて今更何言ってるんだ」


と一蹴した。そしてわざわざ遠方の有名大学ではなく家から通える中でそこそこ良い大学への進学を希望した。担任や学年主任たちがもったいない。もっと上の大学を狙うべきだと言ったが下宿生活や寮生活をしたくなかったし、やりたいことで言えばその大学でも十分だったからだ。


 学校初の有名国立大学への進学間違いない状態でそれを蹴る、というのは俺にレッテル張りをした教師たちへの一種のざまぁになったのかもしれない。最後まで食い下がる教師たちの必死さはそれなりに面白かった。


 それと陸上部のエースはというと、高校3年生になって暫くしてから下級生を妊娠させて高校を中退していった。工事現場で働いているのを見たことがあるので頑張って妻子を養っているんだろう。俺にはもう関係のない事だ。

 そうして彼氏に裏切られていたことを知り、あの時の俺が正しかったことを理解した響子は俺に辛辣な言葉を投げつけ罵倒したことを謝りに来たが俺は許さなかった。


 「今さら謝られても許すつもりはない。二度と俺に話しかけないでくれ」


 とそれだけ伝えて拒絶した。

 すすりなく響子の声がが耳障りで不快で、俺はその場を後にした。それから期待されていた陸上の成績も悪化し、スポーツ推薦もかなわぬようになってしまった。それでも走り続ける響子は何を想っているんだろうか。


 俺には関係のない事だ、と思いながら、俺は放課後の廊下を歩いていった。

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 その大腿直筋は俺の手には届かない サドガワイツキ @sadogawa_ituki

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