フーセンボディから見る異世界

夕奈木 静月

第1話

「ふはははははっ!! 筋肉最強! 俺無敵っ!」


 同じ時期に異世界転移したこいつ、田中は異世界に来たとたんガチムチマッチョになった。そして、なんの因果か俺はぷよぷよしたフーセンボディにされた。


 いったいなんなんだ、あの女神さまは……! 不公平すぎる。


 うわあ、向こうからスライムが来たっ!


「どうせお前は武器を振った瞬間に丘を転がって行くのがオチだろ? ひっこんでろよ」


 くそ……。田中め。馬鹿にしやがって。俺だって、俺だってなあ……! 行くぞっ!


 うわっ! 斧を持ち上げるだけでもバランスが取れない……。


 ゴロゴロゴロゴロ……。


 目が回るぅ~。言うとおりになってしまった……。


「ぎゃはははははっ! 言わんこっちゃない。後で拾いに行ってやるから待ってろ」




 夜、洞窟で暖を取りながら夕食中。


「もうお前さ、諦めろって。モンスターでも何でも俺が倒してやるからさ。後ろついて来るだけでいいよ」


 なんて田中が言うもんだから、こいつ実はいいやつなんじゃないかと思っていたら、


「それにしても、今日のお前の転がりっぷり、最高だったなあ~。今思い出しても爆笑必至だよ。ぶははははっ」


 前言撤回。サイテーのクズだな。こいつ。


「おまえはいいよ。理想的ボディを与えられてさ。俺なんか……」


「あっ……すまんすまん。俺も異世界生活への不安とかいろいろあってさ……。無理やりにでもテンション上げたいと思ってたんだよ。それでお前の事ネタにしてしまってさ……。悪かった」


 ようやく分かったか。全く。


「ぶあっくしょん! それにしても今日異常に寒くないか?」


 田中が肩を震わせて言う。


「いや別に」


「そういや、氷属性のドラゴンが暴れまわってるって、ギルドの噂で聞いたことがあるな……」


「ふーん」


 俺は特に興味がなかったのでそのまま眠ることにした。




 翌朝。


「おい! 田中、どうしたんだ!?」


 真っ赤な顔で苦しむ田中。額を触ってみるとすごい熱だった。


「とにかく寒くて……。ゴホゴホ……。毛皮を着まくって、元世界から持ってきたカイロも貼りまくったんだけど無理だったぁ……」


 可哀想になるくらい辛そうにしている。精悍な戦士の顔が台無しだ。


「俺は何ともなかったけどな。どうしたんだ、いったい?」


「し、脂肪だよ……。おれには脂肪が全然ない……。寒さに耐えられない。くそっ……、この筋肉のせいで……。ゴホゴホッ!」


 見るも哀れとはこのことか。あまりに痛々しいのでわらうこともはばかられた。




 数週間後、田中は女神に頼みたいことがある、と直談判に出かけてしまった。


 俺はといえば、一人ではスライムすら狩れず、仕方なく宿屋の窓から道行く女の子を見て過ごした。




 数日後、部屋のドアをノックされた。開けると見たことのない男が立っていた。いや、必死で立っている姿勢をキープしていた、といった方が正しいか。


「どちら様で?」


「俺だよ、俺。もう二度と寒いのはイヤだから……、女神に頼んでお前と同じにしてもらったよ……」


 満面の笑みで答えたのはフーセンボディになった田中だった。


「お、お前っ……! これからどうするんだよっ!?」


「へっ?」


「へっ? じゃねえわ! 戦闘だよ。どうすんだ!?」


「うーんと、二人ではさんでたおす」


 キャラまで丸っこくなってるし……。


 スライムにそんなことやってみろ、ふにふにふに~って気持ちよくなって昼寝してしまうぞ、みんな。


「はやく降りろ、宿のチェックアウト時間だ」


「まってくれようー」


 田中を急かしつつ、階段を降りる。


 それにしてもなんかイライラするな。このキャラ。


「ねえーあれ見て!? 可愛いっ!」


 ん……? 宿屋を出たら向こう側から誰かが俺たちを噂してる。


 おお、ギルドで噂の美女剣士姉妹じゃないか。




「姉妹と兄弟でパーティー組めるなんてね、素敵だわ」


「俺は田中と兄弟じゃないぞ」


「まあまあ、そう言うなよ。見た目はおんなじじゃないか」


 性格までほんわかになった田中。俺たちは美人剣士姉妹に気に入られ、旅のお供をするだけでおこぼれの金銭を頂くという、男の全冒険者垂涎の地位を手に入れた。


 生活にも余裕ができ、今日はピクニックなど楽しんでいる。


「丘の下まで競争よ!」


 見目麗みめうるわしい姉妹を俺と田中は追いかける。丘をゴロゴロ転がりながら。目を回しながら。


「しあわせだなあ~」


 田中の緊張感ゼロのつぶやきが聞こえる。


 俺はふと思う。


 あれ? 異世界ってこんなんだっけ?














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