飲みへのお誘い

コラム

***

バイト終わりに、いつものように飲みに行く。


もちろん全員さそう。


みんな喜んでくれるのだが、結局は用事があって断られて、毎回二人きりになる。


その俺ともう一人の子は、大人しくいつもうつむいているような子だ。


バイト仲間の中で歳が一番低いせいか口数は少ないが、毎度断ることなく飲みに付き合ってくれるので、俺はこの子のことが気に入っていた。


「もう食えないのか? だから細いんだよ。ほらほら、飲み食い放題なんだからもっと飲んで食えって」


通っている食堂へ行き、いつものようにバカ話をしながら盛り上がる。


俺にとっての癒しの時間。


人はやっぱり誰かと食べたり飲んだりしながら話をしているのが最高の幸せだと思う。


一緒に来てくれた子もきっとそうだ。


口や態度には出さないが、断らずに来てくれているのだからそうに決まっている。


こんな感じで、俺たちは給料が入るといつも飲みに行っていた。


「いいね。最近よく食べるようになったじゃん。でも、飽きないかそればっかだと?」


ある日から、その子は一定の料理しか頼まなくなった。


焼鳥の鶏もも肉の塩味だけをやたらバクバク食べる。


きっと飲み始めてからハマったのだろうと、このときは思っていた。


「なんかデカくなったな。いいね、もっと食え食え」


一緒に飲むようになってから、大人しい子の体が大きくなっていた。


引っ張ると折れそうだった手足は太くなり、首や肩も別人のように引き締まっている。


何かスポーツでも始めたのかと思っていたが、深くはそのことには触れなかった。


そして、半年が過ぎた頃――。


俺は大人しい子に呼び出された。


バイトもない日なのにどうしたのだろうと思ったが、急に飲みたくなったのかと思って会いに行くと――。


「待ってましたよ、先輩」


人通りが少ない夜の公園。


なぜこんなところで待ち合わせしたのか訊ねると、大人しい子は着ていたマウンテンパーカーを脱ぎ去った。


プロレスラーのような屈強な体が露わになった。


筋肉自慢でもしたいのかと俺が思っていると、大人しい子は言う。


「二度とぼくを飲みにさそわないでください。じゃないと、こうなりますよ」


大人しい子は、どこからか出した鉄の板を紙のように折り曲げて俺のほうへ放った。


事情がよくわからない俺は訊ねた。


さそわないでくれとはどういうことだと。


すると、大人しい子は呆れた様子で口を開く。


「先輩、本当に気がづいてないんですか? あなたはバイト先で嫌われてるんですよ」


大人しい子は説明を始めた。


バイト仲間のみんなは俺のことを嫌っているが、職場の空気を悪くしないために気を遣っていて、今でもそのことを隠しているそうだ。


だから飲みに誘われても適当な理由をつけて断っていた。


大人しい子は強引にさそわれて断れず、いやいや俺に付き合っていただけだったのだと、強く拳を握りながら視線を向けてくる。


「でも、今はもう怖くない……。見てください、この体を! 自分に自信をつけるために、あなたのさそいを断りたいが一心で鍛え抜いたんですよ!」


大人しい子はそういうと、俺に自分の筋肉を見せつけてきた。


そうか……。


俺は嫌われていたんだな……。


ずっと気がつかなかったよ……。


ガクッと肩を落とす俺を見た大人しい子は、その太い腕で俺の体をガシッと掴むと強引に引っ張った。


これまでの恨みでも晴らすつもりか?


俺は殴られると思ったが、ショックが大き過ぎてもうどうでもよくなっていた。


そんな俺に大人しい子が言う。


「今日からぼくに付き合ってもらいます。さあ、いつもの居酒屋に行きましょう」


なぜ大人しい子がさそってくれるのかわからなかったが、俺は乾いた笑みを浮かべながら彼と店に歩を進めた。


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