第4話 阿部ほのか

 どこかの誰かは「逆境にこそ才能は開花する」とかなんとか言うけど。

 正直、富んだ場所にしか才能は開花しない。

 逆境なんて、富んだ先にあるのだから。

 その点私は才能が開花しやすい。

 家は裕福だし、顔は良い。体格も恵まれている。

 絵はコンクールに出展すると何か賞を貰えたし、ピアノは子供の頃からクラシックを習っていて、たまに企業同士の会などで演奏をお願いされることもある。

 それにより、色んな会社に顔見知りが出来るのは、きっと両親の計算なんだろう。

 運動は中学のときに陸上で件の大会の走高跳1位。その時は「バタフライエンジェル」だなんて呼ばれたっけ。

 親戚が多いため、自然と人当たりが良くなる。そのため対人関係で揉めたことも無いし、困ったこともない。

 そんなのって、色んな人が求めているものだと思う。

 欲しがるものだと思う。


 でも私が欲しいのは他にある。


 傲慢と言われても仕方ない。人は欲望に忠実な生き物。そして理性で制御出来なければそれに従わざるを得ない。


 愛。


 私は愛が欲しい。


 親、友達、恋人、なんでも良かった。

 親なんて私のことをお金としか見ない。

 友達は私のことを一目置いてしまう。

 好きな人は出来ない。


 けどそんな私に好きな人が出来た。

 その人は音楽をやっていて、その音楽を動画配信サイトに上げている。

 その人の作る曲は世間一般では真っ直ぐとは言えないのかもしれない。

 歌詞も日本ではかなり攻めたものを使っている時もあるし、万人受けするような曲調でもない。


『けど世間一般から見て曲がっているあなたの曲は、曲がっている私に取ってとてもまっすぐ見えた』


 そう伝えたかった。

 私は初めて自分から父に仕事を頼んだ。

 それはその動画配信サイトの会社。

 私はその会社でお願いした。


 この動画を配信している人を教えて欲しいと。


 プライバシーやらなんやら色々話をされた。

 会社的にこんなことダメだろうが、特別に許してくれた。

 けど、裁判やら何やら小難しい話をしたあとに、他言はどちらにも利がないということで、しないようにと釘を刺された。


 しかしまあ、世界は狭いなと思った。


 その人物がとても身近にいたから。


 長谷川ゆう。


 うちの学校の不登校の生徒の名前だった。


 ピアノやら何やらで最近学校に行っていなかった私は学校なんてどうでも良いと、直ぐにその人の元へ向かった。


 緊張で胸が高鳴る。

 5歳の時の初めてのピアノの発表会以来の感覚だった。

 私は電車に揺られながらイヤホンをポケットから出す。

 ワイヤレスは音質が落ちるため有線の物を愛用しているため、コードが絡まる。

 音を聴きたいという衝動を抑え、そのコードの絡まりを解くのもまた一興なのだ。

 私はコードを解き、耳にイヤホンを付ける。


『ひとつしか』


 これは今向かっているその人──長谷川ゆうの最初に投稿されている曲。


 イントロはエレキギターのEコードがオーバードライブで力強くかき鳴らされる。

 その中にかっこよくどこか物憂げなフレーズを入れられているロック。

 しかし、8小節でいきなりギターがクリーンな音になり、ドラムも落ち着く。

 そして10小節目で歌は入る。


『視力の弱い私には、星なんてひとつしか見えないよ』


 このフレーズが好きだ。

 サビのフレーズ。

 視力が悪ければ空を見上げても星は見えない。

 だけど下を見れば地球がある。

 そんなことを歌っているんだろう。

 この曲がった伝え方が私は好きだ。



 ──とても、愛している。



 この曲の最後は「なんて、別に意味ないよ」という歌詞で締めくくられ、E、E7、Emというだんだん寂しくなるようなコード進行で終わる。


 でも私はそれが気になっていた。

 長谷川ゆうの曲は全て、最後の歌詞に「なんちゃって」とか、「聞き流して」とか、伝えたことに自信が無い。


 まるで自分がないような感じがする。


 音楽をする人にとって、自分が無いというのは大問題だと、私のピアノの先生はよく言っていた。


 しかし。


 でも、私にはそれが響いている。

 これは紛れもない事実。




 何曲か聞いていると、電車は目的地に着く。

 日は暮れ初めていて、夕日が私の目を刺す。

 視力は良い方だから光はあまり痛くない。


 そんなこんなで私──阿部ほのかは長谷川ゆうの家に着いた。


 さっきまで聞いていた曲の作者が目の前の家に居る。その事実が私の胸を高鳴らせる。


 チャイムを鳴らし、ドアが開く。


 私はドアを見る。


 ミディアム位の長さの少しボサボサの髪の毛、ツンとした可愛い鼻、薄く柔らかそうな唇、少し脅えているような表情をする眉毛、眠たそうで愛くるしい目。



 私の目の前には確かに天使がいた。



 そしてその瞬間、私は長谷川ゆうが好きなんだと思った。

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響く、私たちだけの不協和音。 しう @Shiu_41

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